弔いの歌
鍵山はベンチで寝ている愛しい彼女を見つめる。公園、その端の目立たない場所で彼女と出会った。今思えば運命ってやつだろうか。
「まさかこんなところで会うとはな」
嬉しいような、嬉しくないような。出来るならばこんな所ではなく元の世界で会いたかったよ。
鍵山は彼女の手を両手で包み込むようにして握る。優しく丁寧に、でも力強く。
そうしたら、彼女の記憶が流れ込んできた。
彼女の名はミリア、しかしこれは偽名の一つに過ぎない。
偽名を使っているのは彼女が裏社会の人間だからだ。それも一つの組織のトップである。ミリアはとある富豪の娘だったが裏社会の組織によってミリアを除き皆殺しにされた。希望を失っていたミリアは偶然通りかかった年寄りの男に拾われる。その男は犯罪組織の前頭首だった。目をかけていた部下に組織を譲り、隠居生活を送っていた男は退屈していた。だから暇つぶしとして彼女を育てる事にした。
そこから十数年、ミリアはかつて自分の家族を奪った組織のトップとして君臨していた。前のトップを自身の手で殺し、自身を拾った男の組織との橋渡しをして強大な勢力を作り上げ一気に裏社会を支配した伝説の存在となった。
復讐の為に無我夢中に奔走して、結果成功した。だがその後は何をすれば良いのか全く分からなかった。何かをやってみようにもやる気が出ない。燃え尽きたのだ。自死をしようと考えたが幸運で拾った命を粗末にすることは出来なかった。もしくはだた怖かっただけだろうか。
結局何が言いたいかというと目標と呼べるものがなく、退屈していた。椅子にもたれかかり恩師から受け継いだ散弾銃をクルクルと回すその姿は皮肉にも恩人とよく似ていた。
ある日、暇つぶしとして未だ組織の手があまり広がっていない極東の国へと視察という体で足を運ぶ。護衛をつけるように部下から言われたが暑苦しくて嫌と断った。
評判通り飯はとても美味しかった。出来ることなら最高の料理人と言われているカミシロという人物の料理が食べたかったが、彼はどこかに消えてしまったらしいので残念だ。
都市の端にある公園のベンチにもたれかかる。結局食べ物しかこの世に未練が無かった、その食べ物もいつか飽きる時が来るだろう。
憂鬱な気分なままホテルに戻ろうとしたミリアの後ろから声がかけられる。
「おいアンタ」
「?」
振り向いて顔を見た瞬間、頭から足のつま先までに何かが駆け巡る。そして思った
(あ、好き)
今まで顔が良い男は何人も見てきた、だが私が揺れ動く事は一度も無かった。でもこの人は違う。
「大丈夫か?固まっているようだが、もしかして俺に見とれてしまったとか?ハッハッハ......すまない忘れてくれ、徹夜続きでおかしくなっている。クソッ、初対面の女性にこんな事言う奴がモテるかっつうの」
「い、いえ。貴方は十分カッコいいと思いますよ」
おかしい。何故私は彼を慰めている、それに敬語まで使うなんて。私はどうなってしまったんだ?
「そうか、感謝する。今までそんなこと言ってくれる奴は居なかったからな。それとこれ、落としたぞ」
男が差し出したのは何の変哲も無いただのハンカチ、だが初めて買った物で大切な思い出だ。
「じゃあな」
彼はそのまま立ち去ろうとする。私は引き留めようと声を掛けようとしたが、頭が真っ白になり何も言えなくなり伸ばした手だけがそのまま残った。
とまあこんな創作のような出会いをし、そしてこの後紆余曲折あり恋人になることになった。かなり省いたが俺も記憶が薄れてきている、詳細な出来事は何も思い出せない。
ああそうだ、俺達はある約束をしたんだっけか。
たしか「復讐をしない」という約束だ。ミリアは恋人になる際に自身の仕事の事を話した、そして俺が狙われるかもしれないとも。それでも良いのなら恋人になって欲しい。
その時に思ったね、本当に裏社会の人間なのかって。まあ気に入った人間には優しいのだろうと思ったが、さっきの見た限りでは全然そんなことなかった。
.....俺はとても幸運な人間だったな、結局早く死んじまったが。
さてそろそろ終わらせよう、これ以上彼女を苦しませたくないからな。
鍵山は銃口を彼女に対して向ける。
「ん?」
〜♪
暗闇から蓄音機頭が象徴的な化物処刑人が現れた。右手に斧、左手には先程狩った獲物を引きずって持っていた。
鍵山は咄嗟に化物に銃口を向けた、しかし処刑人は気にすることもなく真っ直ぐに何処かに向かっていた。どこへ行くのか気になった鍵山はミリアを抱えて後をついて行く。
そこは静かな街とはかけ離れていた。辺り一面の荒野、そしてポツンと存在している小さな墓地。処刑人は墓地の中央に位置している慰霊碑に亡骸を埋める。
「お前、弔おうとして俺達を.....?」
「そうだ、彼は自我を無くし意識を完全に消失しても尚その意志だけで全ての罪人を憐れむ事を選び続けた聖人の成れの果て、哀れな残骸だよ」
どこからか現れたのは片腕を欠損したエピックだった。
「どうしたんだよそれ」
「まあなんというか、再現できたのは外見だけだったってことだな」
崩壊している地形や潜んでいた化物によって腕が無くなっていたが血が出ることはない。傷口から見える中身は真っ黒な空洞で造り物であることが分かる、本人は然程気にしていないようだが。
「そんなことは今はいい。鍵山、君はこれからどうしたい?」
「何?」
「突然だが、生命の本質は遺す事だと僕は思う。遺して受け継ぎ積み重ね、その繰り返しこそ生命に課せられた使命。君の彼女は君が死んだ後も懸命に生きて様々なものを遺した、使命を果たしたんだ。では君はどうだ?身体は造り物だが魂は本人、つまり生命である君は最後に何を遺す?」
「遺すと言ってもこんな場所で、しかも俺は消えゆく存在。何をしろって言うんだよ」
「自分の意志を、彼女の生きた証を明日に託すんだ。居るだろう?今を生きる存在が」
たった一度の出会い、一日にも満たない短い時間、特に仲が良かった訳でもない。......でも自分たちの後悔を未来の為に有効活用してもらえるのならば、生きている価値があったと思う。
もちろん、そんな聖人みたいな考えばかりじゃない。消える運命を受け入れて、他人を生かせなんてふざけんなとも思う。
ま、身も蓋もない事を言えばもう死んだ身だから諦めもつく。それに、最後くらい善行をしてみないとな。
「死人に口なしされど物は語る、か」
「決まったかい?」
「ああ、だが最後に一杯やらないか?どういうわけか知らんが俺達の事をよく知っている、それはこの際何も言わん。しかしそれは不平等だろう、アンタの話も聞かせてくれ」
「...分かった、良い酒があるんだ」




