第6話 旅の支度
その晩、リリイは寮の自室でさっそく旅の支度をした。
まだ、数回しか袖をとおしていない白いシャツに赤のネクタイ、そして、丈が短めな紺のジャケットを試した。スカートは赤のチェック。
「夕食です。今晩はビーフシチューに白パンですよ」
住み込みメイドのニージェがトレイを運んできた。
年下の娘。紺の生地に白のエプロン姿だ。痩せていて、メイド服を着ていなかったら、少年のようにも見える。
「机に置いておいて。本があったらベッドの上によけておいて」
リリイの部屋は、あちこち本が山になって、足の踏み場がない。服も床に雑然と折り重なっている。
壁に黒板が掛かり、チョークの粉が埃とともに舞っている。黒板は錬成陣を描く練習や、術式の計算をやるので使いこまれている。
「どう、この格好」
リリイはくせ毛のポニテを払いポーズをとった。
「学生みたい。若々しく見えますね」
「もともと学生だから! 若く見えるってのならさ、私のふだんの格好じゃあ、年が上に見えるってこと?」
ニージェは笑いながら答えた。
「いつものリリイさんは大人っぽいのです。男性なら色っぽく見えているに違いありません。魔女みたいですもの」
「魔法少女よ」
リリイは鏡に自分の姿を写した。ネクタイ付のシャツにジャケットを羽織っても胸のふくらみが目立つ。スカートの裾から太股があらわになっている。
元王家に仕えるには、ふさわしくないかもしれない。
「今度の面接は、お坊ちゃんの家庭教師なんだ。あなたいい服もっている? あるなら、貸してほしいんだけど」
「ごめんなさい。貸して胸の部分がきついとか言われたらイヤです」
「そお? ニージェだって……」
リリイが目を向けると、華奢なニージェは身をかがめた。
「いいところの坊やって、どちら様ですか」
「トラバント城の若き領主」
「ずいぶん物騒なところですね。恐ろしいイングがまた攻め込んでくるともわかりません」
ニージェはリリイのことを心配してくれている。
東の港町からやって来たニージェに、リリイは自分の出身を明かしていなかった。
「イングは悪くないわよ。イングの技術がハーベにも伝わっているでしょ」
「ええ。私の故郷の港町に蒸気船がありました。蒸気を吐く音が私の家まで聞こえてくるのです。ボーっていう、霧笛で夜明けに目が覚めます」
ニージェの故郷の港町は、夏のはじめは霧に覆われる。昔からの漁業に加わり、炭鉱業でも賑わいはじめた。
「石炭を運ぶために鉄道が敷かれたし、錬金術なんてもういらない時代なのかな」
ただ、発展が著しい科学技術は、もともと錬金術の研究から生まれたものだ。第一線の発明家や科学者は、錬金術師も兼ねていた。
「さあ、冷めないうちにお召し上がりになって」
「ええ。ありがと。ニージェ。明日からはしばらく部屋を空けるからね」
「掃除はしておきますからね。前々から片づけしたかったんです。このお部屋」
ニージェは腕をまくった。
「そんなに散らかしているかな」




