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第5話 三角帽子

「あんたが眠らせた!」

 リリイは、中庭の樹の上に立つ三角帽子の少女に向かって叫んだ。


 少女はいたずらっぽく微笑み、丸く黒い瞳をほころばせた。先っぽに星飾りがついたステッキを手にしている。

 リリイは講義中、アーリィにバカにされた一件を思い出した。

 

「リリイ・メディナ。私はあなたより、一足先にトラバント城へ向かわせてもらうの」

「あー、あんたも領主の家庭教師の口に当たろうと思っているのね。あーあ。先生から紹介を受けたのは、私だけじゃなかったかー」

 よりによって、アーリィがライバルになるとは。

 でも、それは譲れない。


「どうして学院の人たちを眠らせるの? 先生もあんたがやったわけ? 行きたいなら、私だけを眠らせれば良いじゃない?」

 リリイの問いに、アーリィは苦々しい表情をした。

「ええと、あなたと話したいことがあって。あなたの秘密についてなの」

「秘密? 私が秘密にしていることなんてないけど。もったいぶってないで聞きな。さもないと下着の色と模様を人にバラすから」

「あっ」

 とっさにアーリィは樹の枝に腰を降ろした。

「上から目線でも、下は隙だらけね」


 恥ずかしさを振り払うように、アーリィは鋭く言った。

「リリイ。あなたはイング人なの」

 

 会話の主導権を握ろうとしていたリリイの背中に悪寒が走った。

「そ、そう。私はイング出身よ。クラスのみんなには明かしてないけど」

 イングとハーベの間でたびたび衝突が起こっているから、イング出身とは明かしづらい。でも、彼女は国の戦争と無関係だ。


 アーリィは手もとにある星飾りのステッキをくるくる回した。

「あなたハーベ軍の採用試験を受けたの?」

「ええ」

 しかし、リリイは軍の試験に通らなかった。

「イング人のあなたが、この国の軍に入れるわけがないの」

 アーリィの口調は相変わらずきつい。


「落ちたことは、私がイング出身だからと思ってない。ここはそんな国じゃない」

「じゃあ、あなたはクラスメイトに、自分の出身を明かせるの?」

「なんで明かさないといけないのかしら。いらない誤解を持たれるのは避けたいでしょ」


 アーリイが登る樹のもとへ、リリイは歩いて近づいた。

 リリイは会話中に、術で風を巡らせて、アーリィの錬成陣を探し当てていた。

「アーリィ・リリン。よくもこの私をエグってくれたわね」


 錬成陣には術で眠らせるターゲットの名前が書いてあった。

『ディータ・ラウズ、回廊の通行人』

「ふむふむ。私を後回しにしてる。よっぽど私と話がしたかったの?」

「答えないの」

 アーリィは三角帽子を目深にかぶって顔を隠した。それからぼそぼそと詠唱を始め、苦し紛れに相手を睡魔に誘う術をかけ始めた。

 地面の錬成陣に『リリイ・メディナ』の名前が自動的に掘られていく。

 

「面白いものねー。詠唱。もっと大きな声で聴かせてちょうだいなー、アーリィちゃん。もっと可愛い声を聞かせてよ」

 次第にリリイは眠りたくても眠ってはいけない午後の授業のひとときのような、けだるい感覚に陥った。

「へえ、術の効果が来た。面白いわね。でも、あんたはここまで」

 リリイは錬成陣を踏みつけて自分の名前を消した。

「あっ」

 睡魔の術は効かなくなった。

「さあ、どうしようかしら」

「あああ」

 リリイは、アーリィが腰をかける枝元を風の術で切った。

「きゃあっ」

 軽い身体のアーリィは、ふわっと落ちて尻餅をついた。

 三角帽子が飛んで地面に落ちた。それをリリイは取り上げた。

「にぶいわね、怪我する高さでもないでしょ」

「いや、それは返してなの!」

 地べたに体を寝かせたまま、アーリィは黒髪を振り乱して懇願こんがんする。

 リリイはかわいそうに感じて、帽子をかぶせてやった。


「あ、ありがとう」

「私に絡んできて、恨みでもあるの?」

 リリイはアーリィの三角帽子のつばをつまみあげ、つぶらな瞳をのぞこうと顔を寄せた。

 アーリィはリリイの手を払い。座ったまま三角帽子を深くかぶり直した。

「恨みなんてない……。あなたのこと、ちょっと気になったの……、あなたクラスから浮いていて……」

「あんたも浮いているでしょ? 三角帽子と黒フードなんか身にして」

「だから、ちょっと……、興味を持ったの」

 アーリィの声が小さくなった。

「似た者同士と勝手に思ってくれているわけ?」

「そうかもなの」

 リリイはふっと笑った。

「ディータを起こしておいてね」

「それで許してくれるの?」

「うん。これ以上、ディータとかかわるのは面倒だから。自分で起こしたことは自分で後始末なさいよ。実技の練習になってよかったわ」

 リリイは背伸びをしたあと中庭を去った。

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