第4話 若き領主
『トラバント城の若き領主の家庭教師を募集。科目は錬金術』
トラバント……。
少し故郷に近くなるとリリイは思った。
『トラバント地方』
ハーベストランド中央から西方にある『ハイダカ山脈』ふもとの平野一帯だ。
かつて、その地にトラバント王国があったが、現在はハーベ領になっている。
さらに西、ハイダカ山脈を越えた先にリリイの故郷、『イングリードランド』がある。
イングリードランドと対峙するハーベにとって、トラバント地方は、国土防衛上、食糧、資源生産上の重要な拠点だ。
「まだ採用が決まってないから、面接に行ってみてはどうかね?」
それを聞いたディータは、リリイが遠くに往くのを寂しく思った。
「俺が知るところでは、若き領主ってのは、トラバント家のまだ十二、三歳の変った少年だと聞く。王が死に、残された妃が行方不明になっている。なんだか怪しいところだよ」
ディータはネガティブなイメージをつくろうとする。
「面白そうじゃない。私、行ってみる。お城で生活とかしてみたい」
リリイの瞳は現金にキラキラ輝いた。
「まったく、そんな動機かよ」
ディータはあきれる。
「卒業旅行になりそうだし」
「遊びじゃねえんだ」
ディータがやけに噛みつてくるので、リリイの機嫌がすこし悪くなった。
「あんたはその大剣を見せびらかして、通りでナンパでもして遊んでなさい」
「しねーよ。そんなこと。うわついていられるかよ」
コルホズ博士が咳ばらいをすると二人は黙った。
「トラバント地方には、ハーベ軍の駐屯基地がある。ディータ・ラウズも、軍人として配属されるかもしれないぞ」
「本当ですか」
「イング(以下、イングリードランドの略称)は、我々の領土を狙っている。イングとハーベは過去、戦争しては、和平を結び、また戦争を繰り返した」
やめて、先生。
私がイングリードランドから来たことを、知っていてそう言うの?
敵国の出身だから、あまり術を教えてくれなかったの?
いいや、思うように力をつけられなかったのは、自分に実力がなかったから。
人のせいにはできない。
「科学、工業力はイングが上回っている。今後、イングが近代的な武器を発展させれば、ハーベは危ういのだ」
「イングめ。それで、ハーベは領土の防衛のためにトラバント王国を編入したわけですね。熱いな!」
コルホズ博士の説明を聞きながら、ディータは強く拳を握った。
血気が盛んなのは、火の属性を持つ者だからか。
リリイもなりふりかまってはいられなかった。
「採用の申し込みをします」
「わかった。向こうへ電報をいれておこう。さっそく仕度しなさい。旅の手配は自分ですること。旅費は向こうで持ってくれる」
教官室をでたあと、二人は中庭を囲む学院の廊下を歩いた。
「最近は講義もないし、身体がなまってないか」
腕を伸ばしてストレッチをしながら、ディータが聞いてきた。
リリイは足を止めた。
「なまる? なまなましい」
「いや、実技試験に向けて、手合わせをやらないかということさ」
なにかしらの下心を感じる。
「ディータ。私と一緒にいられる時間を引き延ばそうとしているでしょ?」
「……」
睫毛の長い、グレー色の綺麗な瞳にきつく見つめられ、ディータは顔を赤くした。
「えっ、何よその顔」
彼のリアクションに彼女も動揺する。
「いいわ。あなたは火の属性。私は風の属性。火と風の相性は……、残念ながら悪くないわ。風は炎の勢いをつけるから」
「え、相性がいいのか。まいったな」
「人間としての相性とは別の話。あくまで卒業試験のためだから。変な勘違いをしてもらったら困るわ。まったく」
二人は学院の中庭に移動した。
術を発動するため、土の上に錬成陣を描こうとする。
「よし、やるぞ」
ディータは意気揚々と地面にステッキをいれるやいなや、力なく倒れこんだ。
「ちょっと、どうしたの! ディータ・ラウズ!」
リリイは地面に膝をつき、彼の大きな体をゆさぶった。
彼は深いこん睡にあった。
助けを求めるために、学院の回廊を見渡すと、ほかの通行人たちもその場で眠るように倒れていた。
「どういうこと」
「こういうことなの」
中庭の木の樹の上に、三角帽子をかぶる少女アーリィ・リリンがこちらを見下ろしていた。




