第49話 幻影の塔
リリイとアーリィは並んで銀色の馬車の手綱を握る。
「このまま城まで飛んでいけたら」
間もなくして、銀色の客車は、ふわりと宙に浮かびあがった。
「えっ、ちょっと。飛んでる!」
風のごとく軽やかに、馬車は空をきって進んでいく。
二頭の白馬は必死に足をばたつかせている。
「なんだろう、この感覚」
「風使いの本領発揮ね」
いま、風の精霊と呼ぶほかにない、何かの力がリリイを導いていた。
―――
トラバント城
「敵が城に押し寄せてくるの……」
アムブロシアはソファから立ち上がり、そわそわと城内のロビーを歩き回る。
「お父様、お母様。どうか私たちをお守りください」
「クリスの力を信じよう」
レミーが妹を抱いて励ました。
遠くで砲弾が落ちた。轟音が窓を揺らした。
「雷みたい。恐い。夜眠れないよお」
アムブロシアが耳をふさぐ。
「この城に砲弾は落ちぬ」
青色のローブに着替え、桃色の髪をツインテールにするドリュー・ベベトが、つかつかとロビーにやってきた。
「なぜ、そういえる?」
「ここは重要な拠点でないからじゃ」
ベベトの発言にレミーは屈辱を覚えた。
トラバント地方を仕切るのは西管区行政府だ。その長がベベトなのだ。レミーは、見た目が幼いベベトが一体どうして権力を握っているのか不思議に思った。いろいろなことを知っているはずだ。
「僕たちの母はどこにいる?」
ベベトは無言でソファに座り、遠雷に似た砲弾の音を聞きながらゆっくりと茶をすする。
「いずれ、真実が明らかになるじゃろう」
ベベトはあいまいに答えた。
「もどかしいな」
レミーは、錬金術師たちと一緒に戦場に赴きたかった。子供扱いをされて城にこもるのは不本意なのだ。
「無事帰ってほしい。リリイ、アーリィも」
アムブロシアが心配そうにした。
土の属性のレミーは、地の振動から、多くの兵士がこちらに向かっているのを感じた。
「来る。敵が城に攻めてくる。アンジィー、城外に逃げるか」
「外へいくな」
ベベトが短く言い放った。そしてお茶のカップを置いて立ち上がった。
「妹を守りたいか? この城には絶対に安全な場所がある。案内しよう」
「そんなところ、どこにある?」
「聞いて驚くな。塔の上空じゃ」
塔の城は途中で崩れている。
絶対に安全な場所。
西管区長のベベトなら、トラバント城について自分より良く知っているのではないかとレミーは思った。
「アンジィーも、ベベトと一緒にいこうか」
レミーは妹の手を引いた。
「ステファニーがいないと不安だよ」
「そうだ。ステファニーを見かけないな」
近くに砲弾が落下して、城が揺れた。アムブロシアは頭を抱えて座り込んだ。
「ほれほれ。もたもたするでない」
ベベトが急かした。
三人は塔を登った。顔を上げれば円筒の間に空が見える場所まで来た。
「はあ、はあ。この城はここでおしまいだ。これ以上は行けないよ。ベベト」
「いや、まだ先があるのじゃ。お主らには見えぬか? さあ、そっと目を閉じるが良い」
素直に目をつむるレミーとアムブロシアのまぶたに、ベベトの指が触れた。
「瞳をあけよ」
「あっ」
二人は感嘆の声をあげた。
兄妹の鳶色の瞳は別の色に輝いていた。
搭の上に先があった。
壁に何千何万色の宝石が敷き詰まっている。レミーは思わず、壁のルビーのひとつをほじくろうとしたが、力を込めても抜き取れない。
アムブロシアの目には、色とりどりの甘いお菓子が映った。壁はキャンデーとビスケットとクッキーとチョコレートが敷き詰まっている。渦巻きのキャンデーを舐めると、とても甘く感じた。
レミーは壁から突き出た金の延べ棒を、アムブロシアはスティック菓子を足掛かりに上階へあがった。
きっと一番上には、とてもすてきな宝物があるだろうと二人は思った。
「さあ、レミーよ。下を見るでないぞ、上だけを目指すのじゃ。未来を築くために歩みを進めよ。それが、まやかしのようであっても、心配いらない。美しいものは美しい。それが真実じゃ」
レミーとアムブロシアは覚醒夢のなかにいるような無邪気な気持ちになっていた。
途中でレミーは壁から黄金のエンブレムを剥ぎ取った。最高の宝物を手に入れた気分になった。
アムブロシアは、壁の柔らかなスポンジケーキを、わしづかみで握り、口にほおばった。頬がとろけるほど味が良くて、手は糖でべとつかず、綺麗なままだ。
やがて、屋上にでるとドーム型の屋根の小部屋があった。
ベベトはローブのポケットから鍵を取り出して扉を開いた。
中のドーム型の屋根にはステンドグラスが貼られ、陽を受けて綺麗に光っている。
部屋の窓から見える景色は相当高く、平穏な草原が広がっている。
部屋の真ん中に錬成陣の模様が描いてあった。




