第48話 西管区の決闘
キーン少佐の軍勢はトラバント市街に突入した。
占領した要塞からの砲撃が続き、街の建物が崩れ、あちこちで火災が発生している。あわてふためく市民の姿が目につく。
キーン少佐は、ライフルで武装する兵士を連れて、宮殿のような西管区行政府にのりこんだ。ドリュー・ベベト西管区長をしとめれば、この戦は終わる。
しかし、行政府の執務室にいたのは、太った中年の男だった。
「司令官よ。われわれはイングリードランドに降伏する。文書を取り交わそう」
その男、トラバント商会長は野太い声を震わせる。
キーン少佐は、この男の小物じみた物腰から、何の権限も任されていないと判断した。
「おい! ドリュー・ベベトはどこだ!」
「ひっ、われわれはベベトに逆らえない身なのだ。あなた方は解放軍です。お助けください。われわれトラバントの市民は、ハーベストランドに支配されている」
「同情を誘う気か? もう一度聞く。ベベトはどこだ」
キーン少佐は右手を挙げて、兵士にライフルの銃口を商会長に向けさせた。
「う、撃たないでくれえー、ベ、ベベトはここにおらん。トラバント城に避難しているっ」
「なんだとっ! ベベトは城だと! 大本営は城か!」
いま、シャイン伯爵の軍勢がトラバント城に向かっている。やがて、両軍の総大将のシャインとベベトが対峙する。
裏切り者のシャイン伯爵が、この戦の勝敗を決めることとなる。
キーン少佐は不敵に笑った。
「ならば、カルアの救出に全力であたらせてもらおうじゃないか」
この戦いは彼にとって、カルアの救出が目的だった。
「キャプテン・イングリード! 覚悟!」
へっぴり腰で部屋から逃げる商会長と入れ替わりで、大剣を手にするディータ・ラウズが入ってきた。
「お前か。しつこい犬だ」
「キャプテンさんよ。俺は要塞からずっとお前を追いかけてきた」
ディータが詠唱を始めると、剣先が炎に包まれた。
「ハーベストランドで最も勇敢なのは、お前かもしれない。ただし、最も無謀な者もお前だ。ライフル銃で体中に穴をあけてやる。一同撃て!」
キーン少佐が号令したと同時に、兵士全員がその場に倒れた。
ディータは火の粉を兵士の銃に忍び込ませて、暴発を引き起こした。
「ほお、どうしても俺の邪魔をするなら、やらせてもらう」
キーン少佐は腰の鞘からサーベルを引き抜いた。
キーン少佐はディータに駆け寄り、サーベルで何度も突き刺した。
ディータは動きを読んでそれを避け、大剣を振るいサーベルを弾き飛ばした。キーン少佐は後ずさり、懐から二本のナイフを取り出した。
キーン少佐が放ったナイフを、ディータは大剣で受け流した。
その刹那に、キーン少佐はディータの懐にもぐり、左手のナイフで腹を刺した。ディータの手から大剣が落ちた。
「ぐ、ぐははあ。うわあああー」
出血に驚いて、ディータの目がひん剥かれる。
キーン少佐はディータの耳元でささやいた。
「俺に勝てると思ったか? 経験が違う。俺はローゼンクライツ相手だって戦える」
「うおおおお」
ディータは力を振り絞り、キーン少佐の左腕を両手で掴み、激しく燃えあがらせた。
「ぐあああ」
キーン少佐は右手で叩いて炎を消した。ディータはうつぶせに倒れ、床に血の海をつくる。
火傷を負ったキーン少佐は激痛に耐え、意識を失いそうになりながら、庁内の収監施設へ向かった。
―――
「カルアー! カルアー!」
「キャプテンッ」
希望に満ちた女の声が、暗い留置場内に響いた。
「カルア。来たぞ」
「キャプテン、セオドア・キーン! 助けに来てくれた」
キーンは格子を右手のみでこじ開け、カルアを抱きしめ、体の感触をしっかり確かめた。
「痩せたな」
「当たり前でしょ、苦労したし。あなたのせいだから」
「待たせたな」
「私には、イング軍の砲撃が祝砲に聴こえた。もしかしたら、いや、あなたがきっと助けに来てくれるって」
カルアが泣き始める。もちろん、それはうれし涙だ。
「すまなかった」
「ひどい傷じゃない、左腕がとんでもないことになってる」
キーンは左の上腕から先を失っていた。
「火傷を負って、こんなになっちまった。もう俺は戦えないな」
カルアはキーンに抱かれたまま、向かいを指さした。キーンは格子をこじ開けて、ヴァネッサ・ラ・トラバントを助け出した。
「ありがとうございます。お二人の再会の場面に私は邪魔ですね」
鳶色の瞳の高貴な婦人が遠慮する。
「めっそうもございません。ヴァネッサ様がいらっしゃったからこそ、私は正気を保っていられたのです」
「ちょっと待ってください」
ヴァネッサは監房の壁のヒビのすき間から、小石を取り出した。
「エリクシルだ。あんた一体何者だ」
「元トラバント国王の妃です。エリクシルは霊薬です。傷を治す力があります」
キーンはエリクシルを受け取った。真紅の霊薬は手のなかで燃えるように輝いている。
「傷を治さないの?」
「俺は大丈夫だ。命に別状はなさそうだ」
―――
収監施設を出た三人は執務室に行った。
室内には兵士の死体が転がり、カルアは絶句した。
これほどの犠牲を払ってまで、キーンは自分を助けようとしたのだ。そう考えるのも、おこがましく感じるくらい凄惨きわまる現場だった。
セオドア・キーンは、意識のないディータ・ラウズを起して腹にエリクシルをあてがった。
「ちょっと、その男……、ハーベ軍よ。あなたを苦しめたのね」
「カルア。これには目をつむってくれ、俺はこいつを助けたい。勇気ある若者だ」
キーンは、ディータの手のひらに、イングリードランド軍少佐の認識票を握らせた。これはディータ・ラウズの手柄になる。
「たったいま、俺は少佐でなくなった。軍人としての俺はここで死んだ。カルア。キャプテン(大尉)でもなんでも、好きに俺を呼んでいいぞ」
西管区行政府の庁舎に、国旗が掲げられた。
はためくのは、ハーベストランドでもイングリードランドのものでもなく、トラバント王国の旗だった。




