第45話 私を守って
戦場を離れ、トラバント城をまっすぐ目指すリリイは、二騎のイングリードランド兵に追いかけられていた。
騎兵は戦場でリリイに目をつけて、軍列から離れて追い回す。
走った疲労でリリイのふくらはぎが悲鳴をあげていた。渇きで喉がひっつき、唾を飲み込んでも、潤わない。ついに吐きそうになって地面に倒れた。
「ようやくあきらめたか」
はぐれ騎兵は、卑しく笑いながら、リリイの前に立った。
「こんなやつ、本気を出せば、一発で倒せる……」
リリイは、相手を殺すつもりでかまいたちを起した。しかし、術は発動しなかった。
クリスに風の属性の力を奪われたのか、風の精霊の加護を失ったのか。
リリイは何も考えられなくなって、横たわった。
平原の丘から、踵の音をリズムよく響かせて、銀色の馬車が迫ってくる。
黒髪のアーリィ・リリンが二頭の白馬の手綱を握っている。太陽の直射を浴びた客車が眩しく輝いている。
「リリイー。迎えにきたよ」
リリイは幻想かと思った。
「アーリィ! 気をつけて! 相手は武装してる!」
銃声が響いた。
アーリィは無抵抗で馬車を停める。
馬から降りた騎兵は、銀色の客車の中を物色する。
「ちっ、誰も乗ってねーな。トラバント城から逃げた要人でも捕まえたかったが」
騎兵は残念そうな表情をするも、すぐニヤけた顔つきになる。
「女がふたりだ。おれはこの黒髪でいい。おまえは、あの上物をやる」
「いいのか。お前が目をつけたのにな。あとで、貸してやるよ」
「おう。両方やるぜ。こんなアホみたいな戦いはさっさと抜けて、女でも襲って、略奪を楽しむのが一番だ」
「まったくだ」
「くっ」
リリイは屈辱で顔を歪ませる。
母国のイングリードランド兵がこんなに悪質だなんてショックを受ける。
「リリイのほうが上物? くやしい。あんたたち、下品千万すぎて、耳がもげてしまいそうなの!」
アーリィが怒って術を発動させた。イングのはぐれ騎兵は苦しそうに頭を抱えたあと、力なく倒れた。
「眠らせただけなの」
横たわるリリイは、アーリィに抱かれた。
「……。アーリィ」
リリイは三角帽子を脱いで、アーリィの膝に頭をのせた。暖かくて、柔らかくて、気持ちよくて、気を失いそうになる。
「しっかりして、リリイ。戦場で無理したみたいね。クリスからリリイが帰るから迎えにいけって伝令があったの。お城に帰ろう」
アーリィは、リリイのくせ毛を手でやさしく梳き、ポニーテールを結び直してくれた。
「ごめんね。術を使わせちゃったね……」
「これ以上、術を使う気はないから。だって、対価が必要になってしまうもの。また誰かの記憶を消さないといけなくなるの。助けてあげたんだから、リリイ。今度は私を守ってね。対価は払いたくない。あなたとの約束を守りたいから」
アーリィのつぶらな黒い瞳を見つめながら、リリイはグレー色の目から涙をこぼした。
「私、風の術が使えなくなったかもしれない。アーリィを守れないかもしれない」
「ダメ。弱気になったらダメなの。水を飲んで。城へ帰るの」
口に水筒を突っ込まれ、喉の音を鳴らして飲むと、気力が全身に満ちてきた。
「ありがとう。私、アーリィを守るよ」
「あなたがしっかりしてくれないと。ベベトって異様な幼女が城に来たの。いやな胸騒ぎがするの。レミーとアンジイ様を一時も置いとけないの。はやく帰ろう」
「ベベトね。クリスが気をつけろって言ってたわ。さあ、いこうか」
リリイは心を入れ替えて、乱れた服の胸元を直し、五芒星のネックレスの位置を正し、借りているアーリィの三角帽子を被った。
遠くから蒸気音がする。
「変ね?」
いまいる平原に鉄道はない。
「も、ものすごい速さなの」
アーリィが驚いて指をさす。
巨大な黒い物体が迫っている。
単騎の黒騎士が二人の前に現れた。




