第44話 処断
コルホズ博士は河の洪水に巻き込まれ、命からがら岸にあがった。全身びしょ濡れで、水を吸った法衣がさらに重くなった。
「クリストファー・ローゼンクライツが、やったか。敵味方関係なしに術を放った。大した奴だ」
「味方にやられるとは無様だな。コルホズ博士」
聞き覚えのある声がした。博士の目の前に、黒騎士を五騎従える錬金術師マルティン・グローフェがいた。
山羊のような白髭を生やす馬上のグローフェは、きちんと軍服を着て山形帽子をかぶっている。ただ、体が左右に揺れて態勢が不安定だ。
コルホズとグローフェは実力がある錬金術師として、ハーベストランドで有名だった。若いころ共同で研究をやったこともあった。
共に戦争に参加したが、グローフェは行方不明になった。
「久しいな。とっくに死んだと思っていたぞ。帰れなかったのか」
「わしはイングの捕虜になったのだ」
「うむ……。錬金術師が捕虜となれば、生体実験を受けるなど酷い目にあっただろうに……、気の毒に」
コルホズは同情の意を示す。しかし、それはグローフェの慰めにまったくならない。
「わしはイングを憎んでおらん。イングはわしの力を認め、処刑をやめて、研究をさせてくれた。待遇は最悪だったがな」
「その機械仕掛けの騎士たちは、お前がつくったのか。お前の魂を機械に分け与えているゴーレムだな」
蒸気を吐く黒騎士をコルホズ博士はまじまじと観察する。
「錬金術師討伐隊だ。わしは錬金術師への憎しみをこいつらに深く、深く込めてやった。代償として、もうじきわしの魂が抜けてしまうだろう」
「無理したな」
コルホズ博士は、黒騎士が殺気を向けているのを感じとった。黒騎士たちは銃剣を抱えて、今か今かとグローフェの指示を待っている。
馬上のグローフェは、老けて消耗したコルホズを見下ろして勝ち誇った。
「ふははは。コルホズ。お前は錬金術学院の教師として、ぬくぬくと生きやがって。わしだって錬金術博士なのだ。みんなから尊敬を集める名士になるはずだった。イングに捕まったのが、どうしてこのわしだったのだ!」
グローフェはすっと右手を上げると、五騎の黒騎士はコルホズを取り囲んだ。
「言い残すことはあるか」
「貴様に残す言葉などない。私はすでに、弟子に言うべきことを伝えた。貴様もこの先、長くはなさそうだな。ふははは。老いぼれはとっとと世界から退場したほうがよろしいようだ」
「わしはようやく自由を手に入れた。エリクシルを探し、まだまだ生きるぞ。さらば。コルホズ博士」
グローフェが右手を下ろすと、黒騎士たちは銃剣でコルホズの身体を刺し貫いた。
―――
キーン陣営
キーン少佐が率いる軍勢は河の対岸に渡った。
集まった兵士の数は、洪水と電撃でやられた分があるにせよ、予想より少ない。
少佐のもとに伝令係が駆けつけた。
「少佐! シャイン将軍が北上し、トラバント城を目指しました」
「なんだと?」
キーン少佐は顎をガツンと殴られたような、衝撃を受けた。
「血迷いやがって。なぜ俺の言うことを聞かない。あのバカ野郎。軍が割れた。本軍は大将がいる向こうになってしまったではないか」
「シャイン州から参加した兵士の大半は、シャイン将軍につきました。将軍はトラバント城を攻略して拠点とし、侵攻の体制を立て直すとか」
もうそれ以上は話さなくていいと、キーン少佐は手を上げた。
「これは短期決戦でないといけねえ」
キーン少佐は司令官用の山形帽子をかぶり、共にする兵士に向かって叫んだ。
「シャイン伯爵は、我々を見捨て、私利私欲に走った。これから西管区行政府を攻める! お前たちはシャインの兵ではない。イングリードランドの兵となれ!」
「国王万歳! イングリードランド万歳!」
兵士たちが雄叫びをあげた。それに呼応するかのように、背後から複数の砲弾が頭上を飛んでいった。トラバント市街へ向けての砲撃だ。シャイン伯爵は要塞からカノン砲を発射するよう、命令を残していた。
「あの野郎、援護射撃のつもりか知らねえが、市街地を砲撃するのは控えろと忠告しただろ、俺たちに当たるだろ」
キーン少佐はトラバント市街の侵攻を開始した。
途中の道で、味方の砲撃で兵士が吹っ飛ばされるのは、何ともやるせなかった。




