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第43話 裏切り

 峠道の林に隠れて奇襲をかけるハーベストランド軍に対し、イングリードランド・シャイン軍は、性能に勝る銃火器で蹴散らした。

 降伏した錬金術師から、ハーベ軍の戦力配置を聞き出した。トラバントにおいて、ハーベ軍は西管区行政府の守りを厚くしているらしい。

「トラバントへつづく道が開けた」

 シャイン伯爵は感慨深く、日の昇る平野を眺めた。眼下がんかに広がるトラバントの平原には、一筋の河が流れている。

「我がゆく道を、阻むものはいない」

 

 そこにトラバント大橋が崩れているとの一報が入った。

「何!」

 伯爵の声が裏返った。

 ともなれば、河を渡らなければならない。

 制圧した要塞に即席のキャンプを張り、すぐ将校を呼び集めた。

「橋が壊された。トラバントへどう攻めればよいだろうか」

 机の上に地図を広げるも、戦略についてシャイン伯爵はノーアイデアだ。

 伯爵はキーン少佐のほうを向いて、発言をうながした。配下の大佐はキーンに劣り頼りない。


「この地図は俺が調査して作ったものだ。俺が攻めるルートを決めさせてもらう」

 キーン少佐は自信をもって地図を指さした。

「ここから川沿いに南へ進む。下流だ。岸の傾斜がゆるやかで、歩兵が楽に河を渡れる。トラバント市街にも近い。繰り返すが、下流だ。下流をいく」

 キーン少佐は早口でまくしたてた。

 彼は、捕らわれた想い人のカルアを救出するため、一刻もはやく西管区行政府に攻め入りたいのだ。

「カノン砲は重いし河を渡れない。これより先、運ぶのを諦めましょう」

 進軍のスピードを上げるため、キーン少佐はそう提案した。

「カノンの弾はまだ残っているぞ」

 シャイン伯爵は迫撃砲の威力を気に入っていた。

 キーン少佐は首を横にふる。


「閣下。要塞を潰せばもうカノンは必要ない。市街へ一気に突入するべきです」

「ならば、ここからカノンで砲撃だ」

「市街への発砲なんてとんでもない」

 キーン少佐があきれ気味に諌める。

「まるでお前が総司令官のようだな」

 伯爵は少佐しか頼る者がいないのに、さっきから何でも少佐が決めようとするので腹を立てた。

 キーン少佐は真面目な顔をつくり、伯爵に忠実なそぶりをする。

「閣下はトラバントの新しい王になられるお方。民の殺生は無用であります」

 王になるという言葉で、シャイン伯爵はすこし気を良くした。


「少佐。トラバント城へはどう行けるか」

 キーン少佐の眉間がピクッと動く。

「一応説明しましょう。上流側。川沿いに北へ進むと、浅瀬があるのでそこを渡る。だが、閣下。トラバント城なんてどうでもいい。あくまで市街にある西管区行政府を攻略目標とするべきだ」


 イングリードランド・シャイン軍は侵攻を開始した。

 先にキーン少佐の軍勢が出発した。下流で河を横断し、トラバント市街を目指す。

 シャイン伯爵は、キーン少佐に諭されてもなお、押さえがたい欲求を胸に抱いていた。

「トラバント城を制圧したい。あの城は我が君臨する新しい王国のシンボルにふさわしい。残るハーベ側の錬金術師は、大剣を背負う血の気の多い坊主くらいのようだな。クリストファー・ローゼンクライツは要注意だが、キーン少佐がすでに一戦を交えて、同等の力で戦えたらしいな」

 捕虜の錬金術師を尋問すると、今回、ハーベ軍としてローゼンクライツは参加していないと口を割った。

「敵はいない。西管区行政府はキーン少佐が軽く制圧するだろう。我は城を確保しよう。そこから、さらなる侵攻の足掛かりをつくるのも良いではないか」

 シャイン伯爵は独断で兵力を分割し、川沿いに上流を目指した。


 ―――


 クリスとリリイは河のそばの高台にいた。

 クリスは河を堰き止め、決壊させて一気に木や岩石を流そうとしている。

「クリス……。やるの?」

 川風に吹かれながらリリイは震えていた。戦争といえども、クリスがやろうとしていることは……、大量殺戮だ。

 下流は水嵩みずかさが減り、キーン少佐が率いるイングリードランド軍が河を渡り始めていた。ハーベストランドの敗走兵も交じっている。

「リリイさん。実験に協力してほしいのですが」

 クリスは甘い声で誘ってきた。

「実験?」

 リリイの鼓動が急に高鳴った。実験となると、錬金術の向上につながる正しいことをするように思えてくる。

「こっちを向いて、目をつむって」

 クリスに頼られるのが、なんだかとても嬉しく感じる。

 クリスは恐ろしいことを企んでいるかもしれないのに、拒めない。

「リリイ。あなたのほうが私よりよっぽど術師として優れているよ」

「えっ?」

 リリイの頭上にクリスが手をかざした。

「風の属性の力が欲しい」

「ああ、はあはあ」

 リリイは魂を引っ張られるような不思議な感覚に陥った。

「我慢してください」

 クリスはリリイの気力を取り込んでいく。

「うっ、ふうう」

 気分が悪くなったリリイは地面にうずくまる。

「結構です。ありがとうございます。私は、さまざまな属性の術を使えますが、これといった属性がないようです」

「嘘。すべての属性が備わっているんじゃない?」

「いいえ、違うと思います。私には精霊がついていない。リリイさんは精霊の加護を感じたことがありますか」

「小さいころ……、あるにはあるかな」

「リリイ。あなたは風の精霊に愛されていると思います。うらやましいですよ」


 褒められたリリイがぼーっとしている間に、クリスは堰を破壊し、樹木や岩が混じる土石流を発生させた。

 多くの兵士が、濁流に飲まれていく。

「さらに、火と風の属性を追加だ!」

 もがいている兵士たちが突然硬直し、そのまま流れていく。

「溺れないで……、即死!?」

 堤防の高台で中腰をつきながらリリイは叫ぶ。

「雷属性の術です。複合属性です。雷撃は水を通します」

 クリスが涼しげに説明する。彼は川に高圧電流を流した。リリイは電気という概念を知らないから、ただ恐ろしかった。


『ハーベ兵もイング兵も死んじゃった。あの中にディータがいたかもしれない。卑劣な術に私は手を貸した。風の精霊はきっと怒るわ』

 リリイは我に返り、クリスに乗せられた自分を恥じた。

 兵士の死体を見て吐き気がこみあがってくる。

「実験という言葉で、あなたを誘ってすみません」

「何がすみませんよ。私を利用するために連れてきたわけ? そういう手段を選ばないところ。嫌いだわ。やっぱり、あなたにはついていけそうもないわ!」


 クリスは無表情に笑みを浮かべた。リリイが怒るのは承知していた。

 クリスはリリイが精神的にこれ以上、戦場に居られないと判断した。

「リリイさん。トラバント城へ向かってくれませんか」

「なぜ?」

「私に代わって城に来た【客人】の様子を見張ってください」

「客人?」

「ドリュー・ベベトという幼女です。ベベトとレミーが喧嘩しないか心配だ。軍務として、レミー・ラ・トラバントの護衛を命じます」

 イング軍を片づけてから、じっくりベベトと対峙しようとクリスは考えていた。(しかし、前回の戦争でドリュー・ベベトは兵を動かしてトラバント城を襲い、レミーの母ヴァネッサを拉致した。それに気づいていないのが、クリスの甘いところだった)

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