第42話 衝突
シャイン陣営
イングリードランド・シャイン軍は、十五キロメートル離れたハーベストランド軍要塞に対し、カノン砲による攻撃を日が暮れるまで続け、ハイダカ山脈の峠道が崩落するくらいの火力をぶつけた。
この砲撃でハーベ軍の要塞は壊滅するはずだった。しかし、斥候兵から、相手はまだ戦力を維持しているとの報告があった。
「ううむ、カノンで焼尽できないだと!」
テント張りの野営会議室で、シャイン伯爵はイラついた感情をむき出しにする。
「まいったぜ。相手の被害がくわしく分からんと、進軍できん」
頭をかきながらセオドア・キーン少佐が言うと、シャイン伯爵が声を荒げた。
「キーン! お前が立てた作戦だろ! 州民たちの苦労を水の泡にしていいのか。敵に軍勢を整える時間は与えられんぞ。黒騎士を三騎つけてやるから、ただちに要塞へ確認にゆけ」
キーンは不服そうに眉間に皺を寄せた。
戦いというものは、予期しないことが起こるのは当たり前だ。いちいち血相を変えるシャイン伯爵は司令官にふさわしくないと、キーンは思った。
下士官がテントに入ってきた。
「シャイン将軍! 報告します。マルティン・グローフェ博士が姿を消しました。黒騎士を五騎連れていった模様」
シャイン伯爵が強い力で机を叩くと、燭台が弾みで倒れた。
「畜生め。死にぞこないのクソじじい。怖じ気づいて逃げたのか。あいつがいないと黒騎士をまともに運用できん!」
―――
キーン少佐は、素直に野営地から十五キロメートル先の要塞に向かった。そのうち伯爵から突拍子もない命令を受けそうで、正直、そばにいたくなかった。
夜空には無数の閃光が休むことなく走っている。野営地からカノンの砲撃が続いていた。
ハーベ軍の要塞に着いたキーン少佐と騎兵たちは馬から降り、地面を這って状況を探る。
砲弾が近くに落ち、衝撃で地面が割れた。
「あっぶねーな」
「威力はすごい」
「シャインは俺たちがここにいるのを知ってるだろ」
イング兵たちは味方の攻撃に動揺する。あちこちにハーベ兵の死体が転がっている。
「ちっ」
キーン少佐は舌打ちする。潰れたトーチカは半分くらいだ。だが、トーチカの開口から機銃の掃射がきた。
「くっ、敵はまだいる。ここで手こずるのはゴメンだぜ。黒騎士の出番だ」
キーンは黒騎士に機銃兵を攻撃するよう命令した。
機械仕立ての黒騎士は、全身鉄の体で機銃の弾をはね返し、サーベルでトーチカにこもるハーベ兵を刺していく。
「ほほう。科学と錬金術の結晶。よい働きだ」
キーン少佐は野営地のシャイン将軍に出撃可能と伝えた。
―――
ひとまず軍の任務をこなしたリリイとコルホズ博士は、壊れたハイダカ大橋の付近で待機していた。
リリイは中州の河畔林にクリストファー・ローゼンクライツがひとりで立っているのを目にした。
クリスは土の属性の術法で、大量の河砂利を積み上げている。
「クリス!」
リリイが河原に駆け寄る。
「橋の破壊、ご苦労様です。お見事です。侵略者たちはこの河を渡る必要に迫られたわけです。堰をつくって水を溜め、洪水を起こします」
クリスの目は充血し、近寄りがたい殺気を漂わせている。
「雨が降ってないのに、水は溜まるの?」
「その時は奥の手があります」
クリスはくすっと鼻で笑った。なにやら術を使うのが待ち遠しい様子だ。
「クリス? おかしくない?」
リリイはいぶかしむ。
クリスは戦いを前にして、術力を強化するためエリクシルを飲んだ。前にセオドア・キーンからお前はもっと実力があるはずだと言われた。ステファニーから靄がかかったあなたの姿は見たくないと言われた。
ずっと気にしていた。
自分に何が足りないのか、何を失ったのか分からず焦っていた。
やむなく彼はエリクシルに頼った。
そのおかげで、いま彼は『黄金の錬金術師』だった記憶の大部分を取り戻した。
「本来の自分でいられるというのは、とても気持ちがいいですね。力がみなぎってくる。リリイ、私を見届けなさい」
「あなたの実力。見せてもらおうかな」
リリイも、クリスのオーラにかられてゾクゾクと興奮していた。
「おっと、君のおじいさん先生がやって来た。コルホズ博士。リリイさんをお貸しください」
「これは、これはクリストファー・ローゼンクライツ殿。もう試験は終わった。こちらこそ、リリイをお返しする。リリイの指揮監督はあなたに預けよう」
コルホズ博士は、前回の戦争ではクリスと共に戦った。自分のような老いぼれより、若いクリスといたほうが、リリイも成長できるだろうと考えた。
リリイの顔が明るくなる。
「いいのですか? 先生はこれからどうしますか?」
古めかしい法衣をまとうコルホズ博士は、目に皺をつくり優しく微笑んだ。
「別の場所でイング軍を迎える。リリイ・メディナに精霊の加護がありますように」
「あの……、何と言っていいのか、わかりませんが、先生。どうかご無事で。学院での卒業の祝辞、ぜひ聞かせてくださいね」
「ああ。さらばだ」
―――
シャイン陣営
真夜中にシャイン伯爵の軍勢はハーベ軍の要塞に到着した。
ハーベ兵の死体が転がっている。
「トーチカが潰れまんじゅうだ。全滅したか」
馬上のシャイン伯爵は満足そうだ。
そこに背中に大剣を背負う若い長身の男が、どっしりとした足取りで伯爵の前に立ちはだかった。
「ハーベストランドの錬金術師。ディータ・ラウズなり」
「愚かな……。たったひとりで、我の前に現われるとは」
シャイン伯爵をかばうようにセオドア・キーンが前に出た。
「そろそろ錬金術師が出てくるころだと思ったが、お前か。また会ったな。今度会ったら殺すと言ったはずだ。いや、言ってなかったか。ひとりで何ができるんだ。降参しろよ」
キーンとディータは睨み合う。
「俺はハーベの地を守る! キャプテン・イングリード。戦争の種を撒いたお前の罪は重い。お前は許さない」
「俺は少佐だ。大尉ではない!」
キーンはキレた。シャイン伯爵どころでないウザさだ。
カルア救出の目途を邪魔する奴は容赦なく消すと決めた。
「キーン。そのこざかしいやつを殺せ」
シャイン伯爵が命じた。
ディータ・ラウズは両手を上げた。
「火の精霊よ。我に力を。我に無限の慈悲と信頼を与えよ。精霊の地を汚す侵略者に劫罰を与えん」
ディータが合掌した手のひらから炎が生まれ、花火のように地に散った。
「なんだ手品か? 花火か? 色が少ないぞ」
キーンは余裕の表情で茶化す。
地に落ちた小さな無数の火花は大きく人型になり、それが数十体にもなった。
夜の森は山火事のように明るくなる。
「ゆけ! フレイムメイデン」
わらわらと燃える人型の炎たちが、シャイン軍に突っ込み、兵士にまとわりついて、燃やしていく。
キーンは驚いた。
「フ、フレイムメイデンだと? ゴーレムの技の応用した! 火と土の属性を合体した術か! お前、いつのまにそんな力を身につけた?」
「知らない。自然に備わったんだ。火の精霊の力だ」
ディータが叫ぶ。
フレイムメイデンは黒騎士の内燃機関に入り込み、オーバーヒートさせて動きを止める。
「黒騎士がー、我が軍の新兵器がー」
冷静さを失ったシャイン伯爵は、大事なオモチャを壊された子供のように叫んだ。
「まずいな。せいっ」
キーンは駆けまわり、サーベルを振るい、次々と燃える人形を薙ぎ払った。途中でキーンはサーベルを捨てて、間合いを詰め拳を数発、ディータの体に打ち込んだ。
「ぐあっ」
ディータは地面に崩れ落ちた。
力の源を失ったフレイムメイデンは、何事もなかったかのようにふっと闇に消えた。
倒れたディータは背中の大剣を抜き、キーンを威嚇する。
「俺が……、お前を討つ」
「あきらめの悪いやつだ。あのイング美人は元気かな。あの娘はお前に相応しくない。お前は死んでおけ。とどめを刺してやろう」
そのとき、林に隠れていたハーベ兵たちが銃撃を始めた。
キーンはやむなく後退する。
「一対一の戦いをしている場合か! こちらも銃撃だ。林に隠れたハーベ兵をひとり残らず掃討せよ! 林を焼き尽せ!」
シャイン伯爵が兵士に命令すると同時に、ディータ・ラウズはスモークを焚いて姿を消した。




