第40話 学院の義務
リリイとコルホズ博士を乗せた馬車は、ハイダカ山脈に向かっていた。山脈のふもとでハーベストランド軍の命令を受けることになった。ディータはすでに山脈の峠の要塞に着いているだろう。
農道をすすみ、田園風景を眺めながら、リリイは故郷に残る家族を想った。
『俺たちのことは気にするな。立派な錬金術師になってこいよ』
父の顔が浮かんだ。
『リリイが外国にいくなんて、複雑だわ。ときどき帰って顔をみせてね。私たちはいつでもあなたを待ってるから』
母の顔が浮かんだ。
『いいか。イングにいると、お前の素質が生かせない。ハーベストランドで錬金術師として生きなさい』
祖母の顔が浮かんだ。
『私は錬金術師。そして、イングリードランド人だ』
これから、イングとの戦いが始まる。
もちろん祖国を相手に戦いたくはない。できることなら、このまま馬車から、飛び降りてしまいたい。でも、逃げた先に帰るところなんてあるのだろうか。アーリィ、ディータ、レミーに合わせる顔がなくなる。
クリスなら受け入れてくれるだろうか。クリスは錬金術師の集団をつくると言った。
『いやだ。興味が沸いてくる。クリスが一番すごい。クリスは黄金の錬金術師に近い存在なんだろう』
「先生。聞きたいことがあります」
リリイは狭い馬車の中で、講義を受けている時のように手をあげた。
「なんだね」
コルホズ博士はうたた寝から覚めた。
「先生は、『黄金の錬金術師』はいると思いますか」
「伝説上の存在だな」
「それがいるとしたら」
「表立って活躍できる場はないだろう。人々は科学を尊重するようになっている。本来、だれもが錬金術師になれる素質をもっているが、文明が発達するにつれて、人々の感覚は鈍っていった。人はそれを選択している。科学技術は万人に対して平等で便利だ。人々は特別な能力を持つ錬金術師の存在を認めたがらなくなるだろう」
コルホズ博士はそう言いながら、額に深く皺をつくり悲しそうな顔をした。
「じゃあ、科学で戦争すればいいじゃない。錬金術師はいつになったら戦争屋を辞められるのよ」
戦いの経験がないリリイは、ただ戦争が恐ろしくて不安だからこんなことを口走る。
「背筋が震えているぞ。もう秋なんだからな、涼しすぎる格好なんじゃないか」
「まあ、先生いやらしい」
リリイは胸のチューブトップをたくし上げる。
「この次の戦争では、このように馬車で移動しないだろうな。エンジンがついた車で移動できるようになるはずだ。砲台付きの鉄製の戦車が登場するかもしれない。私が技術者だったらね、そんなことを考えるよ」
コルホズ博士は科学が発展しても、戦争が無くなるとは微塵も予想していない。
「学院は錬金術の素質ある者を育てるのでしょ。先生はディータを惜しげもなく軍に、そして戦場に送り込みましたね?」
「言葉をつつしみなさい!」
博士は声を荒くした。
「すみません」
「リリイ・メディナよ。聞きなさい。錬金術学院は、国が危機に陥ったとき、錬金術師が力を貸すから存続を許されているのだ。私は戦争が起きるたび、戦場に向かい、鎮め、国を守ってきた。そうすることで、学院を守ってきたのだよ。リリイよ。学院の徒として、義務だけはこなしてくれたまえ」
「義務……」
リリイは複雑な気持ちになった。錬金術学院では余所者扱いをされていると思っていたが、学院とコルホズ博士は、信頼と期待を寄せてくれているように感じる。それは単純にうれしい。ハーベストランドに帰属しているんだという意識がすこし芽生えた。
「……だが、やはり酷いことだな。お前はイング人だ。軍の任務を担うのは今回ばかりでいい。学院を卒業したあと、錬金術師として自分の道を生きなさい」
「ありがとうございます」
リリイはネックレスの五芒星を握りしめながら、コルホズ博士に感謝した。




