第36話 錬金術師の集団
城に戻ったリリイが、一階の食堂でひとり夕食を取っていると、正装のクリストファー・ローゼンクライツが入ってきた。
「お食事中にすみません。重大なニュースがあります」
息がはずんでいる。城に帰ってきたばかりのようだ。
「あなた、食事は?」
「城外で済ませました」
「ステファニーが心をこめてつくってくれる夕食を食べないなんて、ひどい人」
毎日どこかに出かけ、城に居つかないクリスをリリイは皮肉った。
「ステファニーは調理担当ではありませんから」
憎いほど涼しい顔でクリスはいなした。
「ニュースって?」
クリスは小気味よく、踵で食堂の床を鳴らしてステップを踏みながら、踊りに誘うように両手を広げた。
「イングリードランド軍が動きはじめました。我々の出番がやってくるのです」
「クリス。台風が来る前の浮ついた感じね」
リリイは頬を引き攣らせる。戦争が起こりそうだとディータから聞き知っている。戦争を歓迎するかのようなクリスの態度には、なんだか同調できない。
クリスはふっと笑い、目を閉じた。
「私とあなたは似ている」
「はっ?」
突然の発言に、スプーンを持つ手が止まる。クリスは何者なのか、いまだリリイはつかめない。
「錬金術師は真理こそが主です。錬金術師は真理の探求者。私とあなたは、これが行動原理であると思うのです」
錬金術師は、時の権力者の保護のもと、資金の援助を受けながら、表向き保護者の利益にかなうよう活動する。
貴金属を錬成したり、権力者の病気を治したり、寿命を伸ばす霊薬をつくる。
これはすべて、世界の理を探り、極めるためだ。
ふんだんに資金を投入して得られた研究の成果は、錬金術師たちのものとなり、錬金術師の間で共有されてきた。
「何を企んでいるの? あなたは城の守護職。レミーに仕え、西管区行政府に仕えている身でしょ」
「だが、私はひとりの独立した錬金術師だ。そしてあなたも」
クリスは自分がリリイと近い価値観を持っていることを、ことさら強調する。
自由人として振舞うクリスを、リリイは出会ったときから格好いいと思っていた。でも実際、彼はレミーを放置気味で、行方不明になっているレミーの母ヴァネッサの捜索も進んでいない様子だ。本来やるべきことをないがしろにする自分勝手な印象を、リリイはクリスに持ちはじめていた。
「そんな顔で私を見ないでください。私はハーベもイングも関係ない、錬金術師のための『集団』を作ろうと考えています」
「トラバント城の守護職を捨てるの? レミーを見捨てるの?」
「とんでもない。私が結成する集団に、きっとレミー様も加わってくれると思います。レミーとともに私は歩むつもりです。レミーは立派な錬金術師になれる素質がある。それは家庭教師のリリイさんのおかげですよ」
クリスはここでリリイを褒めた。
「そ、そんなたいしたこと、教えてないって。集団ね……。錬金術師たちが集まって、国を凌ぐほどの力を振るっていたことが、かつてあったみたいね」
「ええ。しかし、彼らは天下の秩序を乱す者だと敵視され、徹底的な弾圧を加えられた。錬金術師どうしの内紛も起こり、次第に滅んでいった」
「ロマンがある話だけどね」
「彼らは道を誤ったのでしょう。私はそんなヘマはしない」
「急すぎる話だわ。まずさあ、どうもレミーがあなたに懐いているように思えないけど。これから争いが起こるのなら戦うの? それとも傍観するの?」
「もちろん戦いますよ。でも、国の利害を越え、錬金術師として。リリイさんはどうされますか。いまのあなたのお立場は……、宙ぶらりんなのではありませんか。国どうしの諍いについて、あなたが気に病む必要はありません。錬金術師は国の枠組みを越えた自由な存在であるべきなのです。あなたが大切にしている錬金術師としてのアイデンティティを、一番にするべきなのです」
「うん……」
悩める心に、繊細なトーンで心づかいのある言葉が染み入ってくる。それが彼の本心であってもなくても、全てを彼に委ねてもいいと思いそうになる。
「どうでしょう、入りませんか。あまり時間もありませんが、ごゆっくりお考えになってください」
リリイは皿に残ったスープの滴をスプーンですくい口に運んだ。
「いま返事をしてもいいかしら」
「ええ」
「お断り」
そういい残して、リリイは食堂を後にした。




