第34話 黒騎士
ブラッド城のシャイン伯爵は、ハーベストランド侵攻にあたり、兵力不足を憂慮していた。特に敵国の錬金術師たちがやっかいだ。戦闘に長けた錬金術師が現われたら、銃を持つ兵士も簡単に負かされる。
カノン砲の遠距離攻撃で相手の要塞を叩けるが、接近戦が悩みどころだ。
本国からの支援兵器を視察するため、シャイン伯爵は城外の平地に出た。
得体のしれない大きな金属の物体、馬と人間が合体した機械仕立ての騎兵、十数騎が伯爵をとり囲んだ。
機械仕立ての馬は鼻から熱い蒸気を吹き出した。
大きさは馬よりひと回り大きく、騎兵と合わせると二メートルを超えている。騎兵は鉄仮面をかぶり、全身に甲冑をまとっている。
「こんなものが、こんなものがありえるのか」
その驚きは、伯爵が初めて蒸気機関車を目にしたときよりもはるかに上まわる。
「わしの最高で、最後の傑作をご覧になった感想はいかがかな」
頭髪が薄く、額は皺だらけで目の下にクマをつくり、山羊のような髭をはやした老人が声をかけてきた。腰は曲がり、体が左右にふらふら揺れている。
「何者か」
「『魂の錬金術師』マルティン・グローフェだ」
老人はイングとの戦争で捕虜になった、ハーベ出身の錬金術師だった。やつれ果て、今にも倒れそうなくらいに生気がない。
戦争捕虜のグローフェは、軍事研究を強制的にやらされた。それしか、彼の生きる道がなかったのだ。イングで発展する蒸気機関の技術を取り入れ、命を燃やすように蒸気騎兵の製作にのめりこんだ。馬の部分は蒸気機関で、騎兵の部分は『ゴーレム』の術で駆動する。
「この蒸気騎兵は『黒騎士』と呼んでくだされ」
「錬金術師にどう対処すればよいか考えていたところだ。本国からの派兵の数が少ないと思っていたが、この機械仕立ての騎士たちが、何千の兵に匹敵しそうだ」
伯爵は恐る恐る、黒騎士の一体に近づき、ステッキで胴体を叩いた。蒸気機関のピストン運動が、軸で繋がる脚部の駆動にうまく伝わっている。伯爵は騎兵の鉄仮面をステッキで押し上げて中を覗いた。
「空でっせ。閣下」
うつろな目のまま、低い声でグローフェは笑う。
「無人の騎兵は自律している。蒸気の熱も平気というわけだ。騎兵は命令に従うのか」
「もちろんだ。有能な働きをするはずだ。わしの魂を分け与えている」
錬金術師たちは、ゴーレムの術をあまりやりたがらない。なぜなら、自己の精神と寿命を著しく損なうからだ。
グローフェの魂と肉体は限界に来ていた。
「黒騎士は科学と錬金術の奇跡の融合だ。黒騎士たちが戦場をかけまわる勇姿を見られるのなら、わしは死んでもかまわん」
老紳士は葉巻を咥え、マッチで火をつけた。口からふっと吐き出された白い煙は、すこしずつ抜けていく彼の魂のようだった。




