第32話 見かけによらず鬼ですね
「♪女は話相手ができるとぺらぺらしゃべる~、かしましいったらありゃしない~」
ドリュー・ベベトがおどけてステップを踏みながら、西管区行政府庁舎の薄暗い収監場所にやってきた。
ベベトのあどけなさは、ヴァネッサの娘と同じくらいの年ごろの女の子と変わりなかった。
「ごきげんよほほお~、ヴァネッサ」
「ごきげんよう、まやかしの錬金術師」
ヴァネッサは憎しみをこめ、目じりに皺ができるほど厳しいまなざしを向けた。
鉄格子の外からヴァネッサを眺めるベベトの水色の虹彩の瞳は、ガラス細工のように冷たく澄んでいた。
「そろそろ、クリスをレミーから引きはがして、わらわのものにしよう。クリスに金をつくってもらわにゃいかんのう。西管区行政府の存続のためにな。レミーは用済みじゃ」
「レミーとアムブロシアに手をかけるのはやめて! あの子たちの命を保証するかわりに、私が捕らわれの身となっているようなものでしょ!」
ヴァネッサは幽閉生活で弱った力を振りしぼり、両手で鉄格子を掴み、金切声で叫んだ。
「なにも殺すとはいってない、レミーたちはおぬしのことを思っている。おぬしについての記憶を、かわいいきゃつらの頭から消すくらいで勘弁してやっても良いぞお。レミーは土の属性の錬金術師じゃ。家庭教師を呼んで力をつけているようじゃ。レミーをわらわのためのエリクシルの作り手にするのも面白い」
「聞き苦しい」
ヴァネッサは歯をくいしばり、下を向いた。
「くっくっく。わらわは今度トラバント城へゆく。記憶の整理をするのじゃ。ステファニーや三角帽子の女の記憶も消す。おぬしを死んだものとして、レミーとアムブロシアの記憶を書き換えてやろうかの。じゃがな、クリスの記憶は復活させる。自分が『黄金の錬金術師』であると思い出したとき、わらわとレミーのどちらにつくかのお」
「ローゼンクライツはあなたの側につかない。あなたのようなまやかしの錬金術師を彼は嫌うでしょう」
ヴァネッサは確信に満ちた力強い口調で言った。
「ええい、そんなはずはない。今日見せた奴のわらわへの忠誠心。あれは本物じゃ。おお、わらわはクリスが欲しい。クリス~、クリス~」
「見かけによらず、鬼ですね」
幼女の話す内容のすさまじさに驚いていたカルアが、軽蔑まじりに言い放った。
ベベトはカルアのほうを振り向き、捕えた野ウサギをどう悪戯してやろうかと考えるような、いじわるな顔になった。
「おぬしはイング人じゃったな。ヴァネッサと会話したからにはここから出してやらぬからな。ヴァネッサとともにここで朽ちるが良い。なんじゃ、その目は。『アタシには信じてる人がいまーす』という目は、男か? いまいましい。あの軍人じゃな。では、おぬしを人質にして、広場で磔にしてやろうか。その軍人が投降すれば身柄を解放してやるという条件でな。果たして、その男はおぬしを助けに来るか。試してみるかえ? その男の愛の深さを」
ベベトはキンキンする大きな声でまくしたてる。
ベベトの一言一言に心のダメージを受けるカルアは、ついに牢屋の床につっぷしてすすり泣いた。




