第29話 まやかしの幼女
「♪~まあるくかわいい、す・い・い・つ・でこっ! ベベトがつくる~、す・い・い・つ・で・こ! かわいくおいしい、す・い・い・つ・で・こっ♪」
広い厨房で、少女が歌いながら、菓子をつくっている。その見た目は少女というより、幼女に近い。
桃色のさらさらした髪をツインテールにしている。彼女の瞳はガラス細工のように薄い水色だ。
彼女のまわりをパティシエールたちが囲み、うやうやしい態度で手伝っている。
「どうじゃ、綺麗にできたじゃろ。わらわがつくったスイーツ。永遠に美しく、おいしそうじゃのお」
その高い声は、相手を絶妙に威圧する波長があった。
みずみずしいキウイとオレンジの実が彩るフルーツケーキ、白いホイップクリームの上にそびえるイチゴをレーズンで囲んだデコレーションケーキ。
色とりどりのスイーツを桃色の髪の幼女はこしらえた。
「どうじゃ、味見してみるかえ?」
幼女がパティシエールのひとりに軽くたずねると、女はめっそうもございませんと、やんわりとかつ丁重に断りをいれた。
「ふふふ、あまりに美味しそうなので、つい聞いてしまった。気にせんでよい。本日の会議で、わらわの作品を者どもに見せたい。運べ」
幼女は調理服を脱いだ。
その下は生地が薄く透ける桃色のローブ、ペチコートが丸見えのスカート、膝まである白タイツだ。履いているブーツの色は赤。
この位の年齢の幼女なら、こんな無防備な格好でいてもおかしくない。
彼女は市街の中心にある『ハーベストランド西管区行政府』のドリュー・ベベト管区長だ。中央からトラバント地方の統治を委ねられた権力者だ。
―――
宮殿のように大きい西管区行政府の広い客間に、太って窮屈な背広を着た中年の男と、対照的にシャープなシルエットをつくるスーツ姿のクリストファー・ローゼンクライツが椅子に腰かけて、紅茶を飲んでいた。
「あのガキと顔をあわせるのは気が重い。なんであんなのが管区長なのだ。あのメスガキにあれこれ命令されるのがいまいましくてしょうがない。西管区がなければ、わしが市長をやっていただろうに」
太った中年の男はトラバント商会の会頭だ。
「ベベト様はあるべくして、あの立場におられるのでしょう。見た目にごまかされてはいけません。もしかすると、あのお姿で私たちよりお年を召しているかもしれませんよ」
「冗談はよしてくれたまえ。ローゼンクライツ君」
クリスはカップを受け皿に丁寧に置いた。今日はどのようにして、あのお方のご機嫌をとろうか考えていた。
「♪~まあるくかわいい、す・い・い・つ・でこっ! ベベトがつくった、す・い・い・つ・で・こ! とってもかわいい、す・い・い・つ・で・こっ♪」
あどけない声が聞こえてきた。ドリュー・ベベト管区長のおでましである。
商会長は胸ポケットから櫛をとりだし、薄い頭髪を整えた。
従者が運ぶテーブルの上には、スイーツが山盛りだ。
「どうじゃ、わらわがつくった。スイーツ・デコ。とっても美味しそうじゃろー。ひとつ摘まんでみるか」
「ははあ、お茶うけにちょうどよさそうですな」
商会長は気乗りのしない口調だ。
「美しく、永遠の宝石のようです」
クリスはしみじみと心を込めて言った。
「ふん」
ベベトは表情を変えなかった。
「どうだ、味見してみよう。管区長、いただきますぞ」
商会長はケーキの切れ端をつまみ、口にするや否や吐き出した。
「ぶえっ、なんじゃこりゃ」
「おぬしは阿呆じゃのお、わらわは、す・い・い・つ・で・こと申したであろう。これらは飾りじゃ。頭の足りないやつじゃな。頭の毛も寂しい」
ドリュー・ベベトは幼くつるつるした顔の眉間に皺をよせて商会長をなじる。
「まやかしの粘土細工だと。子供の遊びじゃないか」
商会長は咳をして椅子に寄りかかり、紅茶でうがいする。
「クリスはわらわの作品をどう評価する?」
「デコレーションは所詮、イミテーション。フェイクであります。私ならば、こういたします」
クリスは目を瞑り静かに詠唱を始めた。
スイーツ・デコであふれるテーブルに錬成陣の模様の光が浮かび、客間にいる者たちは眩しさで目を覆った。
「どうぞ、お召し上がりください」
クリスはベベトの前でかしこまる。ベベトはケーキのクリームを小指に塗り、舌の先で舐めた。
「おお、食えるものになっているぞ。すごいぞ」
「なんだ、なにをした」
商会長はただ冷や汗を流していた。
「頭の足りぬおぬしにわらわが特別に講釈してやろう。クリスは『物質転換』を行なったのじゃ」
「粘土を食い物にしただと? 錬金術か。信じられん」
「味は本物の素材にかなわないと思いますが。さあ、皆でいただきましょう」
涼しい顔でクリスはスイーツを切り分け、従者たちに配った。
「うまいのう、見た目はそのままで、物を変えてしまうとはさすがじゃのお」
口のまわりにクリームをつけながらベベトは褒める。商会長はかたくなに口にするのを拒んだ。
クリスは有機物をケーキに変える術を持っている。味もパティシエがつくる本物に近づくよう練習した。トラバント城のレミーやアムブロシアを喜ばせるために技を磨いたのに、ベベトのために使ってしまった。
「さて、議題じゃ」
ベベトはフォークを皿の上に置いた。
「税金が足りぬぞ」
「そっ、それは。商店街の売り上げが伸びないかぎり、これ以上の額は無理だ。鉄道をつくる工夫が街にあふれて景気が良かった時期はとっくに過ぎた」
商会長が答える。
「ふん、そなたらはそのままの働きでよい」
ベベトはじめから相手にしていないというふうに商会長を一瞥した。
「クリス。城からの金がまだじゃ」
「申し訳ありません。城の金の貯蔵は尽きかけています」
「ならば、つくればよかろう。金を」
「なぬっ? 錬金術でつくれるのか。ローゼンクライツ君」
横から目を輝かせた商会長が口をはさむ。
「いいえ。ベベト様。私はかつて我が城にいた『黄金の錬金術師』を探しています。ですが、国をまわり、くまなく探しても、一向に見当たらなく……」
「ああ、面倒くさいやつじゃー。お前がその、お……」
癇癪気味に声を張りあげるベベトは、途中で口をつぐんだ。
「まあ、よい。今度、トラバント城にわらわを招待してくれ。領主レミーの様子を見たいのじゃ。わらわがいるからこそ、国を失ってもレミー・ラ・トラバントは安泰でいられる。やつはお前のように来賓としてわらわをもてなせるじゃろうか」
「レミーは私が育てています。レミーがホストとなり、城をあげてベベト様をおもてなしいたします」
「よいよい。それでは解散。トラバントの城で、みな踊る~、わらわの前でみな踊る~♪」
桃色の幼女は機嫌よく歌いながら去っていった。
「まったくいまいましいガキだ。ローゼンクライツ君、サービスが良すぎだぞ。あんな下手にでなくてもいいだろ」
「それが何か問題でも?」
商会長の愚痴にクリスは平然と返した。
「ううむ、トラバントの人間としては我慢できん! ベベトは君を城の守護職に任命したが、君はそれで満足する器でなかろう。すっかりハーベ側の人間なのだな。君は」
商会長はやつあたり気味にクリスを責める。
しかし、クリスはベベトを悪く思わない。彼はベベトに対して、昔、親しかったような懐かしさを感じるのだった。




