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第28話 かならず助け出す

 キーン大尉の騒動のあと、酒場の娘カルアがどうなったかリリイは気になっていた。

 カルアのことを思うと、キーンのことも釣られて思い出される。

 リリイの脳裏にキーンの鋭い眼光が浮かぶ。はじめは、舐めまわすようないやらしい視線を向けてくるが、しだいに国の裏切り者を睨みつける、きついまなざしに変わってゆく。

 自然に背中が震えてくる。キーンは西管区行政府に捕まったから、街に出現しないだろうけど、ひとりで市街にでるのが怖い。すっかり、トラウマを植えつけられてしまった。


「街までいっしょに来て」

 リリイは仕事中のアーリィを誘った。

 箒で廊下を掃除するアーリィは、半目をつくり、気の乗らないそぶりをみせる。

「暇なのね」

「ひとりじゃ、やなもんで」

「リリイらしくない。恐がってるの?」

「そりゃ、あんな男と戦ったら、ショックが残るわよ」

 当のアーリィは、キーンを眠らせて倒し、クリスを救った。

 リリイはまだ、戦いというものの経験がない。

「あの店の娘さんのこと気にならない?」

「私たちに関係あるの?」

「関係ある。あるって。ディータがキーンに喧嘩を売ったから、あんな騒ぎになったんでしょ」

「喧嘩を売った? それ彼の任務だったもの」

「私たちが居あわせたんだからさ、あの娘の身にもし何かあれば、私たちにも責任があるよ」

 アーリィは、箒を掃く手をとめた。キーンを捕まえて西管区に引き渡したのは、まったくもって正しい。しかし、カルアに取り調べの手が及ぶこともありうる。

「ついていってあげるの。今日は着替えさせて」


 二人はトラバントの街に出た。

 酒場『カリキ』の扉をノックすると中に人がいた。身元を告げると、店主は扉を開けてくれた。

 中年の店主の顔は、ボクシングをやったあとのように赤く腫れ上がっている。

「あんたらか。コーヒー一杯で帰ってくれ」

 店主の機嫌は悪そうだ。

 店内は机や椅子や酒瓶が散乱してぐちゃぐちゃだ。西管区警察と軍が踏みこんで荒らしたのだ。

「カルアさんいますか?」

「いない。俺とカルアはしょっぴかれたんだぞ。俺の顔をみてみろ」

 店主はリリイの眼前にぬっと顔を突き出した。

「あ、ひどいですね……」

 リリイも邪険に顔を背けられない。

「尋問で何発もぶん殴られた。痛かったぜ。イングのスパイ扱いさ。俺はすぐ釈放されたが、イング人のカルアは……」

 店主は苦虫を潰したように、顔をさらに歪ませた。


 そのとき、強く扉を叩く音があった。

「オヤジ、開けてくれ」

 服がぼろぼろで髭が伸び、はた目から戦場帰りのような格好の大男が、店内に押し入った。

 その男、キャプテン・イングリードことセオドア・キーン大尉は、西管区警察で取り調べを受け、さらに軍で尋問するための移送中に、隙をついて脱走したのだ。

「げっ」

 リリイとアーリィは抱き合い身をすくませる。

「キーン。脱け出せたか」

 キーンは肩で息をしながら、まず先にたずねた。

「オヤジ、カルアはどうなった!」


 事の顛末てんまつを聞くと、キーンは椅子を思い切り蹴とばした。

「くそ! 畜生。ハーベめ」

「カルアは西管区行政府に留置だ。悪いようにさせられんことを祈るだけだ。お前。カルアのことは忘れろ。イングに帰れ」

「俺はカルアをあきらめない。軍勢を引き連れて戻る。絶対に助け出してやるからな。西管区を滅ぼしてやる」

 ぼろぼろのキーンは怒りで体を震わせる。

「たとえ、トラバントが火の海になろうとも、どんな犠牲を払おうとも、俺は必ず。お前を助け出す」


 リリイは恐ろしくて目をとじた。

「おや、イング美人さん。こんなところにいらっしゃる。カルアを心配してくれたのかい。錬金術学院の学生だったよな?」

 リリイは観念してグレー色の瞳をキリリと開いた。情けないが、この男と同族であることを無意識にアピールしていた。

「そ、そうよ。イング軍人さん。あんた、祖国を守るためじゃなくて、戦火の種をまこうとしているみたいね。まあ、あんたはこそこそと地形調査をする小隊のボス程度なんでしょ」

「裏切り者」

 キーンが鋭く言い放った。

 かばうように、アーリィがリリイを抱いた。最悪の場合、アーリィは対価を払って相手に術をかけるつもりでいた。


「ハーベストランドの錬金術学院。そこで教育を受けたから、ハーベ側につくようになったわけか」

「いくらなんでも、そういう言い方はひどいの」

 アーリィが代わりに抗議した。リリイはアーリィの肩に手を置いた。

「アーリィ、大丈夫。私はこんな男、怖くなんかない。もう怖くなくなった。ディータも、アーリィもみんな友達だから、コルホズ博士たちは恩師だから」

 リリイはキーンの剣幕に怯えることなく、グレー色の瞳で睨み返した。

「キーン。警察を呼ぶぞ。結果、みんなを苦しめることになる」

 店主はなだめるように大尉の背中を叩き、紙袋を渡した。

 キーン大尉は、食糧のビスケットを受け取り、黙って店を出て行った。

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