第27話 全属性
セオドア・キーン大尉は郊外の深い森に入った。
「荷物も地図も失った。まあ、地形は俺の頭の中にあるから問題ない。街の軍人ども騒がなければ、今頃カルアとゆっくりできたのに」
カルアとイングリードランド本国で落合うための打ち合わせを、十分にできなかったのが悔やまれた。
今晩、屋根のあるベッドで眠れなくても、彼は野宿に慣れている。そうして夜をやり過ごし、本国へたどり着くくらいのサバイバル能力が彼には備わっている。
「けれども、このまま逃れられるわけがないと思うのだ」
キーンは口を開いて声にした。
「その予感は当たっていますね」
林の陰から端正で品格のある顔立ちの正装の青年が現われた。クリストファー・ローゼンクライツだった。
「それ山道を歩く格好か?」
もの珍しげな目でキーン大尉は、クリスを迎えた。
「この国の旅行はお楽しみでしたか」
クリスは涼しい声で相手をうかがう。
「山ばかり廻った。いまいましいのは最後に邪魔が入ったことだ。と言うか、お前も邪魔者のひとりなのだが。俺を追ってきやがった」
「私は軍人とは違います。貴官を捕まえたりしません」
「うむ。お前は執事みたいに見えるな。俺に用かい」
「私は人を探しています。あなたがその人物ではないかと思ったのです」
「俺を誰だと思った?」
「『黄金の錬金術師』です」
黄金の錬金術師はその名のとおり、黄金をつくる錬金術師たちのことである。歴史では、ある時は権力者の庇護を受けるかわりにさまざまな研究の成果を与え、権力者とともに栄えた。また、権力者による弾圧の対象となることもあり、表立った活動は次第になくなった。
かつて幾つもの国家が錬金術師を求め、受け入れた。
ハーベストランドは実力のある錬金術師を獲得し、彼らがつくった潤沢な金のために、他国に負けない国力をもち続けた。
ハーベストランド錬金術学院は、黄金の錬金術師のひとりが設立したと言われている。
トラバント王国も、王自らが凄腕の錬金術師として研究を行っていた。その証拠に、トラバント城の地下には潤沢な黄金がまだ残っているらしい。王国は滅び、ハイダカ山脈の東側はハーベストランドが統治している。
黄金の錬金術師は、伝説上の存在であり、黄金をつくる技術の継承は途絶えたというのが定説になっている。
「俺にとって、黄金の錬金術師なぞ人が色々とあやをつけた噂話だ。俺は軍人だ」
キーン大尉は懐からナイフを取り出した。
「物騒ですね」
「お前みたいな輩に追跡されていると、こっちは眠ることさえできないからな」
「これ以上、私は追いませんよ。ですが、本当に貴官が黄金の錬金術師であるか否か、確認をとりたいところです」
キーンの周囲の地面が盛り上がり、数本の柱が立った。
土の柱はキーンの背よりも高く盛り上がり、人の形となって彼を取り囲んだ。それはクリスの術によるものだった。
「ゴーレムか。石畳が敷き詰まる街中では使えない技だ。森にうまく俺を誘い込んだな」
「あなたの力を調べさせていただきます」
「俺を捕まえて、軍に売るつもりか」
複数の土人形がキーンに襲い掛かった。
キーンは土人形が振り下ろした拳をかわし、回し蹴りで土人形の足を砕き、次々と崩し倒していった。
「魂が入ってないな。所詮、土なんだよ。自律行動するゴーレムじゃない。『物質変形』でこけおどしているに過ぎん」
すかさずクリスは近くに流れる小川から氷柱を立たせた。それを砕き複数の刃に仕立て、上昇気流で空に上げ、相手目がけて振り降ろした。
キーンは刃をかわし、体に命中しそうなものはナイフの刃先で弾いた。
「水使い? 加えて風を使う攻撃。しかし、物質変形を応用しているにすぎん!」
「貴官は術を使わないのか!」
クリスの額に汗の玉が浮いた。
『この軍人はただ者でありませんね。こちらの術を見切っています。ディータ・ラウズの炎の攻撃も受けつけませんでした。わざわざこの場所を選んだというのに!』
キーンのほうは、威勢の良いセリフを吐きながらも、後生大事にナイフを握り、肩で息が始まった。相手の術力は無尽蔵にあるように思われた。休みなく術をけしかけられたら、こちらの体力が持たない。
『はやくケリをつけないとやばい。土と水の風の属性を扱うとは、もしかしてこいつには『全属性』が備わっているのか。相当の術の使い手だな。こいつが『黄金の錬金術師』ということは……。ふっ、まさか、ないだろうけどよ。黄金の錬金術師なら引きこもって金をつくってればいいんだからよ』
クリスは四方八方に真空の風を起こした。まわりの木々が薙ぎ倒されていく。腕や肩、足に傷を受けながらキーンは突進し、クリスを掴まえて首を絞めた。
「くっ」
「お前は危険だ。だがな、全属性を扱えるにしては、術のレベルが低い。お前はもっと高度な術が使えるんじゃねえか」
「くっ……」
クリスに残る意識はあと数秒……。
『私は……、根拠のない自信にかられていた。私の自信はどこから来ていたのだろうか。ああ、領主の少年の御守で、私は終わるのか。この男は言う。私はもっと術を使えるはず……、だって……』
このとき首を絞めるキーンの力が緩んだ。クリスはとっさに相手を背負い投げ、組み伏せた。キーンは意識を失っていた。
「成功したみたいなの」
林の暗闇から三角帽子のアーリィ・リリンが現われた。リリイたちとの合流に出遅れたアーリィは、ひとりでキーンを追っていた。
「はあはあはあ……。術で男を眠らせたのですね」
アーリィはうなずいた。
「あなたの助けがなければ、私は殺されていた」
クリスは少女に頭を下げる。彼が丁寧に接するので、アーリィは戸惑った。
「この男が目当てだったの?」
「いや、求める人間ではありませんでした。錬金術師ですらない」
「リリイたちとはぐれてしまったのだけど、リリイは大丈夫?」
「大丈夫です。リリイはこの男と対峙しましたが、男はリリイを見逃したのです」
どうして、このいかつい男は、クリスを殺そうとしたのに、リリイに手をかけなかったのか、アーリィは考えた。リリイが美しいから? カルアと知りあいだったから? 同じイングリードランド人だから? こういう贔屓をするやつは、裁きを受ければいい。
「お城に帰る?」
「ええ。そうしましょう。この男は『西管区』に引き渡します。アーリィ。苦労をかけましたね。対価を消耗しましたか?」
「あれくらいの術。対価がなくてもできるの」
クリスはアーリィの三角帽子を取り上げて、頭を撫でた。
「私は錬金術師という人種が大好きだ」
アーリィの頬が自然に染まる。彼女は照れ隠しに三角帽子を深くかぶった。




