第26話 同郷の軍人
点在するガス燈と酒場から漏れる明かりが、通りを照らしていた。街はすでに夜の顔になっていた。
イング軍人を追うディータ・ラウズが建物の角を曲がったとき、ちょうど相手の背中が見えた。すると男はひょいと建物の角に姿を消した。
鬼ごっこのように駆け回っても、相手との距離を詰められない。
「なんだよ、あいつ。俺の動きを察知しているのか」
ディータは駅前の広い停車場に出た。すでに最終便が出発し、静かなたたずまいになっていた。
「汽車で逃げねーよな」
「まあな」
背後から声がした。追っていた男がほんの数メートル先にいた。
軍用のリュックを背負う男の眼は月の光を反射した。
ディータは野生の狼に睨まれたような気になった。灰色の瞳。その男は、イングリードランド人の特長をまぎれもなく持っていた。
「侵入者め。大人しく投降してもらう」
「断る。俺はセオドア・キーン。イングリードランド軍大尉。侵入者呼ばわりは残念だ」
男は軍人であることを認めた。
キーン大尉が率いる一隊は、ハーベストランド国内をくまなくまわった。
ハーベ軍はキーンの部隊を捜索したが、捕まえられなかった。ハーベ軍は、キーンの部隊が山で炊事する煙を見つけて急行しても、すでにキーンたちは忽然と姿を消しているのだった。
「俺と彼女の時間をよくもまあ壊してくれたな。兄ちゃんよ。デートと仕事を同時にこなしちゃいけない。俺はポニーテールの娘が気に入ったね。抜群にスタイルがいい。お前の恋人か」
「この野郎。ぬけぬけとしゃべりやがって」
ディータ・ラウズは大剣を構えた。
キーン大尉は全く動じない。
「その剣で俺を威嚇しようとしても無駄だぜ。お前自体に凄味を感じない。ひよっこだろ」
「剣は飾りじゃない。実力行使といかせてもらう」
ディータ・ラウズの剣先が炎に包まれた。
「ほほう。炎の魔法剣か。錬成陣なしなら、お前は火の属性を持つということだな。メラメラといい炎だ」
「貴様、焼かれたいか」
ディータは剣を振りかぶった。
火の弾がキーンの方へまっすぐ飛んでいく。
男は、背中のリュックをたぐり寄せて火の弾を受け止めた。リュックは激しく燃えて灰になった。
「うおおおお」
ディータは躍起になって、何度も剣を振った。
幾筋の炎の弾道が広場にほとばしった。そのうちのひとつが駅舎の前の木に当たって燃え上がった。
「バカッー。何やっているのよ」
広場に女の声が響いた。リリイ・メディナが広場に駆けつけた。
「バカ。ついて来るな! 大人しくしていろと言っただろ」
ディータは声を張り上げる。
軍人を相手にする危険な状況に彼女を巻き込みたくない。燃え方が激しくなった炎は、駅舎に移る寸前まできた。
リリイは突風を起こし、燃え盛る炎を消し去った。
「ひゅう~。お嬢ちゃん、風使い? かっこいい!」
キーンはのんきに喝采を送る。彼はサーカスショーの観客になっていた。
「ふざけやがって。この野郎」
「ディータ。冷静になって」
ディータは大剣でキーンに斬りかかった。
キーンは鼻の先で剣をかわし、鞘をつかみ、ディータの余分な力みを利用して投げ飛ばした。石畳に転がった剣が大きな金属音を鳴らした。
ディータはすぐ立ち上がり、キーンに殴りかかった。ディータのほうが、キーンより体が大きい。ただ拳は空を切り、キーンのカウンターがディータの顔面に打ち込まれた。
ディータは身体の重心を失い地面に崩れ落ちた。
「うう。ハーベは侵略させない……」
「ご苦労さん。お互い大切な女がいる身だ。そのくらいにしておいてやるよ」
「くっ」
寝ころぶディータは、リリイの前でそんなセリフを吐かれ、くやしくなって歯を食いしばった。弱い自分が腹立たしい。
一仕事を終えたキーン大尉は、けだるそうに右の拳を振って、その場を離れようとしたとき、リリイが立ちはだかった。
彼女の髪の留め具がはずれ、髪が長く振りほどかれていた。
ノースリーブのワンピースが良く似合っている。
両腕をまっすぐ水平に伸ばし、あらわになった白い肩と脇、腕が闇に映えて絶妙な色気を漂わせる。
「ほほう」
グレー色の獣の眼は彼女の全身を舐めるように見回した。
リリイの膝が小刻みに震えた。
かまいたちを起こしても、この男を倒せないと感じた。本当の戦闘なんてしたことない。戦うために錬金術を磨いているわけじゃない。でも、学院では戦闘術をかなり教えられた。ハーベでは錬金術師を有事の戦士として扱っているのだ。
「イングリード美人だな」
キーンは彼女の容姿の感想を素直に述べる。
動物的な鋭い眼光を受けて、リリイの背中に悪寒が走った。
「イングってわかる?」
「瞳の色でね。雰囲気も洗練されていて、ハーベの野暮な女とは違うな」
「ホームシックにかかっているわね。カルアにも手を出して」
キーンの眉が動いた。
「カルアを知っているのか。お前」
「私だけ。私はイング人だからカルアもそうなんじゃないかなって、お互い知りあった」
キーンが歩み寄り、リリイを見下ろした。
「同郷の好として、俺を逃せ」
「えっ」
リリイは正直ほっとした。相手は、自分たちを傷つける気がないようだ。
「に、逃がすものか……」
ディータは顔をこちらに向けながらも、地面にうずくまったままだ。
「じゃあな。イング美人さん」
キーン大尉は後ろを向き片手をあげ、挨拶して立ち去った。
「リリイは、リリイは、イング人なのか……」
ディータは痛む腹を手で撫でながらつぶやいた。




