第25章 瞳の色がわたしと同じ
話し込んだリリイとアーリィは、すっかり腹が空いていた。リリイは、この地にやって来て初めて入った店『カリキ』で食事しようと思ったが、あいにく土地勘がなくて探せない。
街路にて背中に大剣を差す男がリリイの目に入った。そんな格好をする人間は一人しか思い当らない。
「ディータ! 久しぶりー、訓練は順調?」
駆け寄って彼女は馴れ馴れしく男の厚い胸をひっぱたいた。
ディータ・ラウズは不意をつかれ、のけ反った。その刹那の中でも、視線はリリイのワンピースの腰つきに向かった。それから、彼は青ざめた。
「顔を合わせなかったことにしてくれ」
「は?」
リリイは大剣の鞘を掴み、ディータの動きを止める。
「離せ。離してくれ」
「せっかく私に会って、その態度はないでしょ? 誰と会うの? 女?」
「違うって」
ディータは即、否定する。
ディータはリリイの連れの少女に気づいた。彼は彼女にいままで会ったことがあるような、ないような不思議な感覚を覚えた。
「アーリィよ。いっしょの錬金術学院に通っていたでしょ?」
リリイは当然知っているよね、という口調で言う。
「どうも、ディータ・ラウズです。はじめまして」
「やっぱり、はじめましてなの?」
リリイは残念がる。
やはり、アーリィは錬金術学院でディータを眠らせて、彼女についての記憶を消したのだ。
アーリィは三角帽子を深くかぶり、目を合わせないようにしている。彼女には彼の記憶を弄ったという罪悪感があった。
「これから、知り合っていけばいいのよ。同じ学院生どうし仲良くしていけばいい」
リリイが間に入り、二人の肩を軽く叩いた。
「さて。それで、ディータは何をしているの? この時間じゃあ、軍の駐屯地にいるはずよ。街をほっつき歩いているのは問題よ」
「キャンプでも飯はでるけどさ、ずっとあそこにいると疲れるよ。気分転換しないとな」
ディータは今、イングの軍人を追う任務中にある。
「仲間は? ひとり?」
「今日はたまたまひとりなんだよ!」
「ふーん。私たちも夕飯まだだからさ。どこか行こうよ」
「じゃあ、カリキって店どうかな」
任務としてはりこむべき場所をディータは提案してしまった。リリイといっしょにいたいという誘惑に負けたのだ。
「カリキ。いやー、私もそこにしようと思っていたの。場所わかんなくてさ。連れてって」
「う、うん。お前も行ったことがある店か。いい店だよなあ」
「アーリィも来る、よね?」
アーリィは三角帽子のつばを上げた。彼女はリリイとディータがわりと仲が良いのは知っている。けれども、リリイを独占されたくない。
「私が邪魔にならないのなら、ご一緒させてもらうの」
―――
三人は歓楽街の一角にある酒場『カリキ』にたどりついた。
「こぢんまりとした店なのね」
プレートの案内文にはイングリードランド風料理の店と書いてある。
「イング料理は港町の生きのいい海産物が売りよ。内陸にあるのが不思議でしょう」
まだ二回目なのにリリイは常連のふりをする。
「じゃあ、ここに決めよう」
ディータは店の扉を開け、まわりを見回す。
「いらっしゃいませ。お二階へどうぞ」
店の娘カルアが出迎えた。
今日も一階のテーブル席はすでに埋まっていた。二階はあとひとつのテーブル席が空いていた。隣に長身の男がビールを飲んでいた。
リリイがメニュー表に目を通す。
「お肉にしようかな。サーロインステーキ。おいしそう」
「さっき海産物がいいって」
アーリィがリリイにつっこむ。
「私、肉すきだもん」
「ここは肉料理がいけるぞ、あとビールだ!」
隣のテーブルの男が声をかけてきた。
「うん。やっぱり、肉にしよう」
リリイは隣の男に愛想笑いを送った。髭面のいかつい顔をした酔っ払いは怖い。男はイング人特有のグレーの瞳をしていた。店の娘もグレー色の瞳だ。
「私ハンバーグ」
「俺サンドイッチ」
アーリィに続き、ディータは小さな声でオーダーする。
「軽くない? お腹壊してるとか?」
リリイが反応する。
「いやあ、早く来そうな物を注文した」
「ハラペコなら、サンドのほかにメインを頼めば?」
「いや……」
どこかうわの空なディータを、リリイは不審に感じた。
「門限?」
「あ、ああ。そうだ」
隣の男はチラチラこちらを伺っている。特にディータが持つ剣に注目している。
しばらくして、カルアがステーキを運んできた。
「毎度ご利用ありがとうございます。肉汁がはねますから、前掛けを使ってください」
カルアはリリイに会釈した。娘はリリイの顔を覚えていた。
「なかなか流行っているじゃない」
「いま、夏ですからね。観光客も寄ってくれますし」
カルアと会話している間、隣の男は鋭い眼光をリリイたちに向けていた。
空いたグラスを下げるカルアに男は話しかけた。
「そろそろ出て行く。色々と旅の話をしたかったぜ」
「じゃあ、気をつけて。本当に気をつけて」
いかつい男はカルアの手の甲に名残惜しそうにキスしたあと、重そうなリュックを背負い、階段を降りた。そのとき、ディータが席から立ち上がった。
「あいつ。イングの軍人だ。あいつを捕まえないといけない」
リリイは肉にナイフを入れる動作をとめた。
「あんたあの男と視線を合わせていたよね。いったいあんたらどんな関係なのよと心配したわ」
「冗談はそこまでだ。俺はあいつを捕まえる任務中だったのだ。ここで待っていてくれ」
「私が大人しく待っていられるわけないでしょ」
「頼む、ここにいてくれ」
ディータが店の階段を降りると、カルアが扉の前に立っていた。
「通せません」
カルアの瞳から幸せそうな輝きが、にわかに失われていた。
「お姉さん。あいつ軍人だろ? 俺を外に出せ」
「逃げて!」
カルアは通りに向かって悲鳴に近い声をあげた。
セオドア・キーン大尉は、彼女の声を背に受けて、振り返らずに駆け出した。
「どけ!」
ディータはカルアを強引にはじき飛ばし、追いかけた。
「ちょっと、ディータを追いかけるわ。アーリィはここにいて」
「私も行くの」
「いい、私がなんとかする!」
リリイはテーブルの上に金を置き、急いで席を立った、しかし店先でカルアに左腕を強く掴まれた。
カルアの綺麗に編んだ三つ編みの茶髪はふり乱れ、目から零れた滴がメガネの硝子についている。
「私たちの幸せを壊さないでくれる? 同郷のイング人としてのお願い!」
同学の好同郷の好。どちらを優先するべきか?
「イング人とか何人とか、関係ないし。あの男があなたの大切な人なら、私は暴走する馬鹿を止めなくちゃ、さあ、手を離してよ」
「お願い。キャプテンを逃がしてあげてください」
カルアの掴む手を振りほどき、リリイは通りに出た。




