第23話 錬金術師になった夜
アーリィの回想つづき
ある夜、アーリィはクリストファー・ローゼンクライツに呼ばれた。
錬金術の実験部屋に恐る恐る立ち入ると、床一面に大きな円形の錬成陣が描かれ、燭台の炎がクリスの顔を照らしていた。かたわらには、姿勢の良い金髪の助手のステファニーが立っていた。
「この城の生活に慣れましたか」
クリスが聞いてきた。
アーリィは一室をあてがわれ、ステファニーの世話を受けてしばらくすごしていた。
「いいえ。蒸気式昇降箱がうごめく音で眠れない。どこからか怪しげな香の臭いが漂って落ち着かないの」
城の中は村の生活の環境とも違いすぎた。しかし、村のことを思い出しても気持ちは晴れない。
「トラバント王国は、錬金術師が国のかなめ。われわれはハーベとイングの強力な二国に囲まれています。君には錬金術師として、王国のために力を貸してほしい」
燭台の炎の灯りを受けて、おごそかにクリスが言った。
「嘘を教えています。トラバントは王様が亡くなってからハーベストランドに併合されています」
ステファニーが冷静に訂正した。
「うん。トラバントは、大国に対抗するため、錬金術師を増やさなければならない。一名の錬金術師は軍の一個師団に相当する。いやそれ以上だ」
ステファニーもクリスの言葉に重ねた。
「トラバントは独立を目指しています。このままではハーベのいいようにされるだけ」
幼いアーリィには、この地がどこそこの領であるとか、独立するとかの意味はわからない。
「床に錬成陣があるの。あんたたち、すっかり用意をしているの。錬金術師にするために私を城に呼んだのでしょ。もちろんその気なの」
「協力してくれるのですね」
クリスの口調が優しくなった。
「断られたら、メイドになってもらうところだったのよ」
張りつめた表情で、姿勢よく立っていたステファニーが肩をなでおろした。
「メイドでも、悪くないの」
あの村と比べれば、この城は天国だ。
「それでは、錬金術師としての力を授ける儀式を行う」
クリスがそう告げると、ステファニーが布の包みを抱えてきて、アーリィの目の前で中身を見せた。
それは真紅の結晶だった。
「エリクシル?」
アーリィは固唾を飲んだ。
血の塊のような、この世のものとは思えない禍々しい輝きのある石。
霊薬、賢者の石とも呼ばれ、それを口にした者は、錬金術の力を得る。
もし体に合わなければ……、すなわち、素質がない者が飲み込めば、体内で石の力に負けて命を落す。
「錬金術師として私たちとともに歩みたければ、石を飲みなさい」
クリスはアーリィに決断をせまった。
「よろこんでなの」
「ただし、錬金術の力を得るためには、【対価】が必要となります」
「たいか?」
「術力は無限ではない。術力を得るためには、対価。いうなれば犠牲。捧げるものが必要なのです」
「私が払う犠牲?」
「よく考えて。対価の分だけ、得られる術力も違ってくる。考える時間がほしいなら別の機会にしてもいい」
アーリィの頭の中で、対価にもっともふさわしいものは何か、一瞬でひらめいた。
「考えたの」
「早いですね。何を対価にしますか?」
「【記憶】。私の記憶でいい。何もかも忘れて生まれ変わりたいの」
幼い少女の発言にクリスはすこし心を痛めた。
「記憶がどのような形で対価となるか、予測はできない。試すしかありません」
クリスは、石を飲むようにせかした。
「ちょっと、待ってなの」
「はい」
「お香の煙がくさい。消してほしいの」
ステファニーが申し訳なさそうに香炉の火を消した。
「術力を高める香で、わたくしが調合したものです。失礼」
アーリィは円形の錬成陣の中央に立ち、ステファニーから渡された真紅の結晶を一気に飲みこんだ。
体が石を拒絶し、激しい嘔吐感に襲われた。
それがあまりに度を越して、苦しみにかわっていった。アーリィは大粒の涙をぽろぽろこぼして、石の力と戦った。
ついに、彼女は意識を失って倒れた。
アーリィ・リリンがベッドの上で数日の昏睡から目覚めたとき、彼女は人の記憶を扱う錬金術師となっていた。
回想終。




