第22話 アーリィの回想
「私は、トラバントの北にある山あいの小さな村に生まれたの。町と町の交易からはずれた、さびれた村」
アーリィはついに自分のことを話し始めた。
「さびれた村」
活気ある港町で生まれ育ったリリイには想像がつかない。
「村の場所はもう覚えてないの。どうせ行ってみる価値のないところ。物心がついてからすぐに、父と母と兄弟は、私を一人残して流行り病で死んじゃったの」
アーリィは淡々と言った。
「……」
彼女にかけるべき言葉をリリイは見つけられない。
「昔のことだから気にしなくていいの。私がすこし、ほんのすこし暗い性格になったのもこのころからなの」
「すこし、すこしって、強調しなくてもいいでしょ。あなたは暗くない。そう。しいて言えば、ミステリアス」
リリイが言うと、アーリィは三角帽子の下で瞳をほころばせた。
「どうも。私は村長の家に引き取られたの。私は家族を失ったつらさをのり越えるために強いよりどころが欲しかった。だから、村長の家にあった錬金術の書を読んで、錬成陣を描いて色々な術を試したの。錬成陣から悪魔を召喚して、魔法の力を授けてもらおうと考えたりもした。不幸を呼び込む素質はあったみたいなの。恐ろしいことに、村長の家の人たちが流行り病で次々と死んでいったの。ついに村長まで、病にかかって死んでしまったの」
アーリィは堰をきるように話し続けた。
「生き残った村長の奥さんは、私を疫病神のような目で見たの。私をこきつかって、いろいろとひどい仕打ちをしたの」
夜風が体に当たり、リリイは小さく体を震わせた。黒髪の少女から発せられる過去話に耳を傾ければ傾けるほど、身体が冷えてくる。
『この子はどんな苦労をしたのだろう』
「結局、村長の奥さんは私を村から追い出すことにして人買いを呼んだの」
「うん……」
「若い男がこの村にやってきた。黒ずくめの服を着こなして、細いシルエットの男が、かなりの高値で私を引き取ったの」
「たぶんそれ、クリスね!」
―――
過去 アーリィの故郷のさびれた村
幼いアーリィ・リリンは、人買いの馬車に乗った。
三角帽子を目深にかぶるアーリィは、恐る恐る男の顔を見上げた。鼻筋がとおる品のある好男子で、すこしほっとした。
「私をまっ先に買い付けにやってきたのはあなた。あなたは相当いやらしい人なのね」
いきなりアーリィは軽口をたたき、男を驚かせた。
「私はクリストファー・ローゼンクライツと申します。君の長い睫毛につぶらな瞳。チャーミングです。もっと明るくしないと。幼いのに君は世の中に絶望してないか」
「あんな村にいて、あんな目にあって。絶望しないほうがおかしいと思うの」
これからも絶望は続くのだ。アーリィは三角帽子を目深に被り直した。
「世の中の仕組みがわかれば、楽しくなってきますよ」
クリスは歌うように言った。
「あなた、人買いで奴隷のやりとりをしているの? それとも、子ども専門であれこれする変質者なの?」
「違います。私はこの国をあちこち巡り、錬金術師の卵を探しています。私は君にその素質があると思う」
「見た目で選んじゃないんだ」
アーリィは彼に容姿を褒めてもらいたいと思った。彼のような美男子が美しいと言ってくれたら、素直にうれしいのに。
「素質っても、池の水に渦を巻かせる程度の力なの」
「実は前に、この村を訪れたとき、村のはずれで錬金術を試している君を見かけた」
どん底の境遇にあった自分をただ見ていたという相手にアーリィは腹を立てた。
「声をかけてくれればよかったのに」
「それこそ、変質者です。何かの機会があれば君と接触したいと心に留め置いていました」
「で、いまというわけ。あなたは何者なの?」
「錬金術師です。現代の『黄金の錬金術師』。金をつくる研究をしています」
「実際金をつくれたの?」
「もちろん」
「じゃあ、なぜずっと、金をつくり続けないの?」
「質問攻めですね。金つくりは疲れるのですよ。下手をすると労力に見合わない。でも、能力をうまく使いこなせるようになれば億万長者になることも可能でしょう」
アーリィは、クリストファー・ローゼンクライツが誇大妄想気味な変人かもしれないと思った。しかしもう、道ゆく馬車から降りられない。帰るあてもない。
「あなたは世界の王になりたいの?」
「ははは、王だなんて」
クリスは謙遜したが、そのまなざしは本気だった。数千人を串刺にできる槍のような冷たい鋭さがあった。アーリィは身震いした。彼の底知れぬ気力を彼女は感じ取った。
でこぼこな林道や舗装してあるいろいろな道を行くこと半日、アーリィの馬車はトラバント城へ到着した。そこは蒸気機関を敷設する細長い三角円錐形搭で、錬金術の研究所として名高い場所だ。
アーリィはまだおびえていた。自分は錬金術の実験台にされるかもしれないと本能的に感じた。
「ようこそ、トラバント城へ」
城から出迎えたメイドらが囲み、馬車の扉をあけた。
「錬金術師の卵が到着しましたか」
城の玄関から、城主の妻ヴァネッサ・ラ・トラバントが姿をあらわした。両隣には男の子と女の子が母親のスカートの裾を握ってくっついていた。
二人の子どもは幼いレミーとアムブロシアだった。
「はい、奥様。名もない村の出でありますが」
クリストファー・ローゼンクライツは夫人に向かってひざまずき、敬意を表わした。
「トラバントを庭のように知り尽くしているあなたが保証するのなら期待できますね」
ヴァネッサ妃は、小川の清流のように澄んだ声だった。
アーリィは三角帽子を脱いで軽く会釈した。
「まあ、可愛らしいお嬢さんですね。流行り病に見舞われた村々の暮らしは大変すさまじいものであったと聞いております。まず、ゆっくりさせてあげなさい。そして…。…、錬金術師になるにあたってですが、十分な説明をして、彼女の意思をしっかり確かめなくてはなりませんよ」
「承知いたしました」
ヴァネッサ夫人の鳶色の瞳がアーリィには眩しかった。トラバント城へ来て、彼女は救われた思いがした。




