第21話 あなたに話したかった
日が暮れたあと、リリイとアーリィは銀色の馬車で城を出た。
リリイはスカートの裾が長いノースリーブの白のワンピースを着た。
アーリィは、エプロンを脱いで魔術師風のローブに身を包み、頭にフリルカチューシャの代わりに三角帽子を載せた。
リリイがトラバント城に来て幾日か経った。
トラバントは気に入った。
できるなら、これからずっとこの地に暮らしてもいいと思う。なにせアーリィが一緒なのが心強い。ディータ・ラウズもここにいるようだが、放っておいても目の前に現れるだろう。
レミーの教師をしばらく続けるが、卒業試験を受けるため、一度、中央の錬金術学院に戻る必要がある。
城の守護職のクリストファー・ローゼンクライツのことが気にかかる。彼は相当な実力の持ち主で、大きな野望を持っていると思う。彼は私にやさしくしてくれる。でも、成長を続けなければすぐ見捨てられそうな気がする。
レミーはどうだろう。器用で錬成陣を描くのがうまい。土の属性ですでに、『ゴーレム』を操る力があるし、ちょっと教えただけで属性が違う風の術を私から吸収してしまった。もしかすると、私より実力があるかもしれない。ともかく錬金術の素質は十分だ。
クリスとレミーは仲が良いのか悪いのか。レミーはクリスにもっとかまって欲しそうだ。お互いに錬金術のライバルだと思っている。クリスのほうがずっとすごいのだけど。
一番気にかかるのは、アーリィ。彼女は、メイドとして城に居て、錬金術学院に戻ろうとする気配がこれっぽっちもない。学院とのつながりを断ち切ったかのようにも感じる。
―――
馬車から街路に降りた二人は、さっそく通行人の目を惹いた。
身体のラインがタイトな形で露わになるリリイのワンピース姿のせいだ。
「いい服ね。寮から持って来たの?」
アーリィが聞いてきた。
「うん」
「大きな鞄を抱えてきたものね」
「あれは本を詰めこんでいるからよ。あなたの三角帽子、いつものアーリィって感じがする」
アーリィの三角帽子の格好から、リリイは学院時代をすこし懐かしく思い出した。
「この姿が私なの」
三角帽子のつばの下で、アーリィは黒い瞳をそっとほころばせた。
「支度する時間がなかったから、メイド服なの。服屋に寄りたいの」
「服ね。こんな田舎で買うものある?」
リリイはやれやれと軽く両手を広げた。
「こんなド田舎で買うものはないって?」
「イングはいいわ。流行がすすんでいるから」
トラバントを田舎と馬鹿にするというより、リリイはイングを自慢したいのだ。
「でも、それ。あなたの出身地だから、そう思うわけなの。ハーベの錬金術学院生になったのなら、なかなか故郷には帰れないと思ったほうがいいの」
「アーリィの故郷はどこ?」
リリイはアーリィのことをすこしでも知ろうとしてたずねた。
アーリィはうつむき目線を帽子の下に隠してしまった。そして無言のまま、今にも店が閉まりそうな雑貨屋に入っていった。
「アーリィ?」
リリイは彼女のあとに続いた。
ざっと店内を見回すと、薬や日用雑貨が並ぶ、よろず屋だ。きれいな宝石やガラス細工も売っている。
「観光客向けじゃないね。旅の商人が現金欲しさに売りさばいた品物ばかり」
アーリィは返事をしない。彼女はさっきから自分のことをどこまで話していいのか考えあぐねているのだ。
「これ、錬金術に使えると思わない?」
リリイは、気にするそぶりを見せずに、店内の針金でできた五芒星のネックレスをアーリィに手渡した。
「うん。センスいいの」
アーリィはようやく口を開いた。そして、しばらくその飾りを見つめた。
円の中に星がおさまり、小さな錬成陣みたいだ。
手にとって眺めるほどに、とても良い細工が施してあるのがわかる。
「買ってあげる」
リリイはそれでアーリィの気を引こうとした。
アーリィはネックレスを受け取り首にかけた。
胸元に大人っぽいアクセントがついた。少女は星の飾りの質感を噛みしめるように手で握った。
その様子を見てリリイは、しっかりアーリィと向き合う時が来たと思った。
「ねえ、アーリィ。私はあんたに色々聞きたいことがあるけど。あんたも私に色々とあるんじゃない?」
「そう?」
アーリイはまだ煮え切らない態度を示した。
たまりかねて、リリイはアーリィの手を引いて店を出た。
「もう帰ろう」
リリイは馬車を探した。するとアーリィが強い勢いで手をふり離した。
「わかったの。私のことを話すの。リリイ。あなたと話したかったの。あなたに話したかったの」




