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第19話 誰なの

 フリル付きのエプロンドレスを身につけるアーリィ・リリンは、少女アムブロシアの部屋にいた。

 アーリィはひとり掛けのソファに座り、錬金術の本を読んでいた。向かいには、同型のソファに腰をかけて静かに本を読むアムブロシアがいる。

 錬金術学院に留学し、最近帰ったアーリィは、アムブロシアとは二年ぶりだ。本を読みながら少女に視線を向けた。

 昔の幼いころのアムブロシアは透きとおるような瞳をしていた。大きくなったらとても聡明な少女になると思われた。いま、その瞳はとろんとして、もやがかかるように感じられた。

 視線に気づいたアムブロシアが立ち、アーリィのそばに来た。独特の鳶色の瞳が、アーリィの顔をのぞきこむ。


「学校は楽しかった?」

 そう聞かれてアーリィは本を閉じ、二重の黒い瞳をつむった。

「まあまあ」

「えー、せっかく都会ですごせたのに。私はずっと城にいるんだよ。アーリィが羨ましい。友達はいっぱいできた?」

 アーリィは口をきゅっとつぐんだ。

『二年間、学院で学んだ。私は講義室にいた。都会セントラルの街中のアパートに住んでいた。野外で術の演習をした。たくさんの人と接したの……。でも、私を憶えている人は……。いなくなった。リリイ。リリイは私のことを憶えてる。いいえ、私はリリイだけには、私のことを憶えてくれるようにしたの』


「どうしたの?」

 返事をしないアーリィに、少女は不思議そうに頭をかたむける。

 アーリィは瞳を開いて手を伸ばし、少女の栗色の頭を撫でた。

「ごめんなさい。浮かない顔しちゃって。友達はつくれたよ」

「リリイお姉ちゃんとは友達だよね?」

「もちろん」

「だよね。リリイお姉ちゃんは誰とでも友達になれそうだから」

「それなんなの。友達が出来づらそうな私でも、リリイなら友達になってくれるみたいな言いかた」

「だって、そうでしょ?」

「こらっ」

 アーリィは、栗色ショートの少女の後頭部をわし掴み、引きよせて額と額を軽くぶつけた。

 アムブロシアは、ちょっと生意気なことを言えるくらいに成長していた。


 しかし、アーリィが帰ってきたトラバント城は、前と様子が違っていた。

 アーリィが学院にいる間、イングリードランドの軍隊がハーベストランド・トラバント地方に攻め込んだ。ハーベの軍隊と錬金術師たちが応戦し、相手は深く攻められずに撤退した。

 ところが実際、重大な事件が起こっていた。レミーとアムブロシアの母ヴァネッサがいなくなったのだ。アーリィが通った錬金術学院の費用を出してくれたのは、ヴァネッサだ。

 ヴァネッサ・ラ・トラバントがいなくなり、娘のアムブロシアは大きく傷ついていることは確かだ。

『誰がヴァネッサ様を連れ出したの? 誰がやったの?』


「こんにちはー」

 リリイがアムブロシアの部屋に訪れた。

 アーリィは高原で思いがけずに出会う、いつまでも体を預けたくなるような優しい風の息吹を感じた。

「リリイっ」

「アーリィ。今夜、街へ遊びにいこうよ? 食事と買い物でもしに」

「講義は終わったの?」

「終わり~。都合が悪いなら、この次でもいいけど、一回あんたと遊びたくて」

「そろそろあなたが来るころだと思っていたの。じゃあ……、今夜」

「意外。断られるかと思った」

「いってらっしゃい。アーリィ」

 アムブロシアはアーリィを後押しする。

「アンジィー様、アーリィを借りるから」

「いいよ。私はお兄ちゃんのところに遊びにいくから」

「留守番をお願い。アンジィー様」

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