第18話 接触
トラバント市街
ディータ・ラウズは、建物と建物の間のわずかな隙間を動いていた。
リリイと同じ汽車に乗ってトラバントに来たディータ・ラウズは、郊外にあるハーベストランド軍の駐屯地で、正規入隊前の研修の毎日を送っている。ただ、今日は作戦で街へ出た。
イングリードランドの軍人がこの街に現れたということで、複数の軍人で捜索していた。
夏の日差しの強い日だ。腕に当たる日陰の石壁が冷たくて気持ちいい。
「いてっ」
背中に抱える大剣が建物から突き出る配管にぶつかった。ディータは建物の間の空を見上げた。
ここトラバントには城がある。その城にリリイがいる。
『リリイ。うまくやっているか。俺は何やら実戦に近い作戦にかり出された。もし、俺が敵を捕まえたとしても、お前は俺の活躍を見届けられないんだなあ。ともかく、俺の力を敵にみせてやる』
表通りにでると、太陽光線と石畳からわき出る熱気が襲ってきた。
街路に銀色の馬車が停まっていた。
「隠密行動にしては、背中の剣が目立ちすぎるのではありませんか」
ガス灯の柱に寄りかかる長身の男が、ディータに声をかけた。相手よりディータのほうが背は高い。相手は暑い日にスーツで決めつつも、涼しげな表情だ。女の心を簡単に奪えそうな端正な容姿だなとディータは思った。
「誰だ」
「私は君と同じ側の人間です」
「それ以外の人間が声をかけてくるものか」
「私はトラバント城の者です」
「用はなんだ? リ、リリイ・メディナに関係することか?」
ディータの口から彼女の名前がこぼれた。
相手は軽蔑するように眉をしかめた。
「あまり、軽々しく人の名前を出さないことですね。彼女を大切に想うならなおさらのこと。それに軍の作戦中でしょう。私がスパイだったらどうします」
「うう」
ディータはごくりと唾を飲む。
相手は自分のことをよく知っている。
リリイへの想いまで探られている。いままでリリイとすごした日々を見られていたかのようだ。
「彼女は元気ですよ。領主の家庭教師をしています」
「ああ、よかった。そのまま信じていいかわからんが」
「君たちが探している人物を、実は私も追っているのです」
相手のそのひと言で、ディータは警戒心を持った。相手は涼しい眼をしていて、何を考えているのか見抜けない。
『だめだ、こっちの情報が少なすぎる。城の人間であることは信じよう。こいつもイングの軍人を独自で捜索か。色々な事情があるものだな。こいつは俺に協力を求めようとしているのか。いや、協力と呼べないよな。俺をうまく利用しようとするタイプだろ。軍のミッションを優先させねば』
ディータ・ラウズは、じっと相手を睨んだあと、一目散に立ち去った。
石畳が熱い街路で、クリストファー・ローゼンクライツはひとり残された。
「お互い信頼を築けそうにないなら、接触を断ち切った。いい判断です。ディータ・ラウズ君」
クリスは銀色の客車に乗った。
「しかし、銀色は目立ちますね。これは大剣のことをとやかく言える立場ではないですね」
―――
トラバント市街の小広場でディータ・ラウズは、ハーベ軍の捜査員と合流した。
夏の高い陽も西へ傾き、広場は高い建物の陰になっていた。
「ラウズ。敵の手掛かりがあったか」
「敵の足どりはさっぱりですが、我々以外の者が敵の行方を追っていました。銀色の馬車に乗る若い男です」
「銀色の馬車……。クリストファー・ローゼンクライツだ」
捜査員の頭の中で、銀色の馬車とクリスはセットになっているようだ。
「有名な奴ですか」
「ハーベストランド『西管区行政府』の任命で、トラバント城守護職にある。戦乱が起きたとき、彼に協力してもらっている。イング兵をなぎ倒す相当な実力の持ち主だ。注意しろ、あいつは野心家だ。この地で大きな影響力を得ようとしているだろう」
「野心? 影響力?」
思わずディータは聞き返した。そんな危険な奴がいるところにリリイ・メディナを送り出してしまった。
「変幻自在に、国中を動き回っている。『西管区』の人間だから、我々軍としてもうかつに手出しできない。やつは錬金術師だ。同じく錬金術師のお前に目をつけるのも不思議ではない」
錬金術師と聞いてディータ・ラウズは奇妙な親近感を覚えた。
「自分は軍人としてやっていくつもりです。西管区よりも先に軍で敵を確保しなければなりませんね」
「そうだ。では、君は大衆酒場の『カリキ』を当たってほしい。ホシがこの地に来たときによく立ち寄る場所のひとつだ。必要ならばいつでも応援を呼んでくれ」
「了解」
「よろしく頼むよ」
捜査員はディータの手をとり強く握った。
秋に錬金術学院を卒業する予定のディータ・ラウズはエリート待遇で軍に入る。ディータが上の階級でスタートするので、捜査員はこの任務を機会に顔を知ってもらおうとしていた。




