第17話 領主と守護職
トラバント城
朝、城の守護職のクリストファー・ローゼンクライツはスーツで身を整え、そとに出た。城の玄関扉の先に銀色の馬車が停まり、メイドのステファニーが見送りのためにいた。
ふたりの目が合った。城の守護職とメイド。立場も身分も違う。それでも、二人はなぜかお互いに、昔はもっと深い仲にあったような気持ちになった。
「今晩は遅くなるかもしれない」
「かしこまりました」
クリスは車に乗った。それからすぐ窓から顔を出した。
「ステファニー、乗るか?」
意外な誘いにステファニーは驚いた。
「え……」
「いや、いい。引き続きレミーとリリイを世話してくれ」
「はい……」
出発を見送る彼女は、すこし残念そうな顔をした。
「クリス待て。話がある。馬車から降りろ」
広い敷地でゴルフをした帰りの領主レミー・ラ・トラバントが呼びとめた。レミーは庭師風のニッカポッカ姿だ。何をするにもそれにふさわしい格好をしようとする少年だ。
レミーは得意そうな顔をして手を広げた。
地面がへこみ、錬成陣の文様を刻んだ。そして、その上に砂埃が巻き起こり、土砂が集まって人の形ができ、馬車の前に立ちはだかった。
クリスは面倒くさそうに眉をしかめた。
『ほう、文様を刻めるようになりましたか。ならばほかの属性の術も使えますね。早く風の力を身につけたのは評価できます。だが、土の属性のゴーレム。たわいのないこけおどし。技をすぐ見せびらかすのはガキのすること。その程度の力で私は屈服しませんよ』
クリスはそのまま無視して去ろうと考えたが、一応、レミーに屈したという形で仕方なく車から降りた。
「はい。何か御用ですか」
砂と土のゴーレムがもろく崩れた。レミーが術を解いたのか、術力が尽きたのか。
「クリス。お前がよく城を留守にするのは、僕の母親を探しているからだよね?」
クリスはうなずいた。
「はい。ヴァネッサ様を探しています」
『領主のあなたからそう問いかけがあれば、いいえと、口が裂けても言えないでしょう』
「ごまかされないぞ。別のことをしてるだろ。毎日、何をやっているのか言えよ」
レミーはゴルフクラブの先を剣のようにクリスに向けた。
「すみません。ヴァネッサ様の捜索はやっています」
先の戦乱の夜、クリスは軍勢を率いて、ハイダカ山脈の峠でイング軍と対決した。その隙にトラバント城が何者かに攻められ、レミーの母、ヴァネッサ・ラ・トラバントは連行された。レミーは妹と一緒にあらかじめ街の役所に避難したので無事だった。
ヴァネッサが連れ去られたことは、レミーとクリスにとっても、忘れられない屈辱として残っている。
「ですが、レミー様。近ごろほかにも優先事項がございまして。私は城の守護職です。城を守るために行動しなくてはならないことがあるのです。今日は街へ行かせてください」
「今日と言わず、毎日フラフラしてるだろ。いいか、母の安否を探ることを最優先にしろ。トラバント城主として命令する」
「かしこまりました」
クリスは深々と頭を下げた。
『レミー・ラ・トラバント。もうすこし可愛げがある子供だと思っていたのですが。あなたに錬金術の素養がなければ、まったく仕える気持ちは持てないですね』
出発したクリスは誰もいない客車のなかでつぶやいた。




