第15話 論より証拠を
「無限の富を得ること、無限の命を得ること、生命を創造すること。これらが錬金術の三大目的だけど、もちらん私は使えない。学院の教師だって、生命の創造はできない」
リリイは自分で言って、レミーが失望しないか気になった。
「なんだあ。先生の実力はその程度か」
レミーは、リリイを先生と呼びながら、小馬鹿にするように口を尖らせる。
「生意気な態度ね」
リリイはレミーに掴みかかり、彼の魔術師風なフードを無理やりはぎ取った。
「いきなりなんだっ」
藍色の襟に三本線、赤色のタイと半ズボンと白ソックス。
フードの下にレミーは夏用半袖のセーラー服を着ていた。
彼の栗色のシャギーボブヘアとあらわになった白い首筋、そして成長まっただなかの華奢ながらもたくましくなりつつある肩幅、くっきりした鎖骨のラインにリリイはどきっとした。
「しばらく講義のときはその格好でいなさいね。義務付けるから」
「うん……」
リリイの視線に晒されたレミーの声が、恥ずかしそうにうわずる。
「この部屋の雰囲気が暗いのよ。明るくして」
リリイは、メイドのステファニーに窓一面を覆う暗幕をたくし上げるよう命じた。
眩しい光が、暗闇に慣れていた一同の目を刺激する。
「錬金術は、論より証拠を見せたほうが手っ取り早いわ。見せてあげる」
リリイは窓を開けた。
途端、体にしっかりと圧力を感じるほどの強い風の流れが彼らを包んだ。
風は部屋の中の怪しげな香炉の煙や、ビンから滲み出る薬品の匂いを一瞬にして外に運び去った。
「すごい。部屋の空気が変わった」
レミーは深呼吸して、新鮮な空気を胸にためる。
「風使い……。錬成陣を使わずに」
ステファニーのつぶやきをリリイはひろった。
「そう、私は風の属性よ」
火、水、風、土に属性がわかれる錬金術師たちは、実力があれば自分の属性の術を使うとき、錬成陣がなくても発動できる。
「錬成陣を使えば高度な術ができませんか? できれば拝見したいのですが。で・き・れ・ば、の話でいいのですけれども。錬金術学院で学んでいらっしゃるのでしたら、相当の腕があると思うのです」
メイドのステファニーは青い瞳を向けながら静かにリリイを煽る。
「先生、ここは錬金術の実験室であることを忘れないで」
「はいはい。錬成陣を使った術をやれってことね。いいわ。ご主人の期待に添えられなくて、クビになったら困るものね」
リリイは本棚に向かった。
「ふーむ。ここは図書館顔負けのラインナップ」
手を腰にすえ、じっくりと本の背表紙を眺めてから、一冊の古びた図書を選び取る。
「錬金術師なら誰もが持っている基本中の基本書『物質変形』よ」
「読んだけど、基本の書とは知らなかったよ。ステファニーなら知っているかな」
「そっ、そうですね」
メイドはぎこちなく相槌を打った。リリイはその素振りを見て感づいた。
『メイドのステファニー。この女は錬金術について何がしかの知識がありそうね』
リリイは慣れた手つきで書物をパラパラめくり、円陣の図が載るページをレミーに見せた。
「このページの円陣を描くの」
リリイは本を開いたまま床に置き、ポケットから取り出した指示棒を伸ばして、先に黒チョークをはめた。
立ったまま、指示棒で床に模様を描こうとするも、線がギザギザになってうまくいかない。
「……。コンパスない? 円を上手く描きたくて」
「円と線なら僕が描く。ステファニーも手伝ってくれ」
レミーとメイドは床にひざをついて、リリイの代わりに描き始めた。
彼の描く円は、フリーハンドでも歪みがなかった。そして、彼が描いた円の枠に、装飾模様をつけ加えるステファニーの腕前は熟練していた。
錬成陣の完成のためにリリイがする事といえば、文字を書き加えるだけだった。
「だいたいこんなものかな」
書物のとおりに円形の錬成陣が完成した。
「どうして、こんなに上手く描けるの?」
「暇だからよく描いていたのさ。錬成陣は美しいだろ。僕はニワカじゃないぞ」
レミーはひざ小僧についた黒チョークのススを手のひらで叩いて払った。
「土台はそろったわ。次は私の番ね。粘土かなにかある?」
「はい」
ステファニーは備品棚から小脇に抱えられるくらいの袋を取り出した。中には干からびた粘土の塊が入っていた。
「もうちょっと水気や油気があったほうがいいかなあ」
リリイは粘土の塊を錬成陣の中央に置き、その場で両手を組んで目を瞑り詠唱を開始した。
眩しい光が、円形の錬成陣上に走った。
陣上の粘土の塊は、青白い光に包まれたあと、二頭の馬と客車に変形した。その形はリリイが街からトラバント城まで載った馬車だ。
「お見事」
レミーは駆け寄り、粘土の像を手に取って凝視する。
「うちの馬車だね。このまま飾ってもいいくらい精巧だね。先生は美術の才能があるのかい」
「いや。これはイメージの力ね。この馬車は私に強烈な印象を残したってわけ」
「もう一回みせて」
「いいわ。リクエストして」
自分の力を見せつけるのは気分がいい。
「馬にまたがる騎士像はどうかな」
レミーは粘土を床に置き錬成陣の外に出た。
「やってみる」
リリイは精神を集中して、イメージをつくった。
騎士。ナイト。戦う男。ディータ・ラウズ。
いや、あいつは騎士と違う。戦士でしょ。
ディータ。温泉宿……。お風呂。
彼女の詠唱により、放たれた青白い閃光の中から現われたのは、前肢を上げる躍動感のある馬にまたがる裸の女性の像だった。
「ええー」
リリイが初めに大きな声をあげた。
ポニーテールに結んだ長い髪は振りほどかれ、形の良い乳房のさきには尖った乳首がはっきりと見てとれた。手綱を右手で持ち、左腕をまっすぐ上げて遠くの仲間に合図をしているようだ。
『どう見ても私だ』
「うん? 女性みたいだけど。裸かな?」
レミーは、錬成陣に踏み入り手を伸ばす。
「ダメえ!」
リリイはレミーを突き飛ばし、裸の像を抱えこむ。
「もしかして、モデルは先生?」
「それ以上の詮索は無用」
彼女は引きつった笑みを少年に向けた。
「見えましたよ」
ステファニーがボソッと言った。
「何が?」
リリイはメイドを睨む。
「精巧さの点からすれば、成功と見なしてもよいのではないでしょうか。でも、イメージとブレましたね。雑念が入ったとしか思えません」
「言うなあ!」
「今度はこれを元に錬成してくれませんか」
ステファニーは木彫りの熊の像を抱えてきた。大きな熊が四つ足をしっかり地に据えて鮭を咥える迫力のある像だ。
「材料にしちゃっていいの? 私、疲れたなー。錬成陣を使う術は得意分野じゃなくてさ……」
「やってください」
ステファニーは有無を言わせぬ剣幕でリリイに迫る。
『このメイドさん。私の力をテストしてる』
「や、やるわよ。暑くなってきた」
リリイはジャケットをさりげなく脱ぎ、彼女の裸の像を包んだ。
「先ほどのレミー様の注文と同じものでお願いします。騎士は裸の女でもいいです」
「前者でいかせてもらいます」
リリイは木彫りの像を元に練成を行なった。
出来上がりは、顔のあいまいな木偶人形が豚のような寸胴な生き物にまたがっているらしきシロモノだった。
「やっぱり。こうなると思ったのよ」
完成度は、粘土の材料のものと落差がでた。
「もう一回やっても、たぶん同じことになると思う」
「粘土ではできたけれども、木ではダメか。金属を元にしたらできただろうね」
腕組みをするレミーは考えたことを言った。
「するどいわね。金属なら成功しやすくなると思う」
「ああ、なるほど。先生がやったのは『物質変形』だ。粘土や金属のような組成が均一なもので術を使った」
「ええ」
「けれど、木はもともと命がある。つまり細胞による複雑な組成だから、これを変形させるのは粘土より難しくなる」
「ご名答。するどいね」
彼女はレミーを褒め、術の失敗を流そうとする。
「というかその本に書いてあったような気がする」
「よく読みこんでるわ」
錬金術の知識は十分にあるし、錬成陣の書き方も上手だった。
『この子、もしかしたら、錬金術のセンスがあるのかも』
「質問があります」
メイドが手をあげた。
「ステファニー。どうぞ」
「いま見せていただきましたのは、『物質変形』ですよね? 物質変形では、たとえば銅の塊を銅貨に変えたり、反対に銅貨を銅の塊に変えたりできるわけですよね?」
「うん。硬貨をつくるのは法で禁止されているけど」
「知っています。技術法として聞いたまで。では、銅を銀や金のような高価なものに変える『物質転換』はできますか」
「無理」
リリイは即答した。
『物質転換』は錬金術の三大目的のひとつ、黄金の錬成に繋がるものであり、物質の原子構造を変える必要がある。
「できたらいいわね。かなり高度よそれ。『黄金の錬金術師』ならできるんでしょうけどね」
リリイは『黄金の錬金術師』を伝説上の存在としか考えていない。
「クリストファー・ローゼンクライツ様は『黄金の錬金術師』を探しています。もし『黄金の錬金術師』がいるならば、彼から私たちに苦難を乗り越えられる知恵をぜひ授けてほしいと願うのです」
そう口にするステファニーは、神に祈る修道女のように純真なまなざしをしていた。




