第14話 錬金術の三大目的
リリイは研究室の扉をノックした。
「あいてるよ」
魔術師風のフードをまとうレミーがいきいきした声で出迎えた。
その部屋は異質だった。
すべての窓に暗幕がおりて、明りは数十本のロウソクのみだ。
床には大きな魔法陣が描いてあり、棚に得体の知れない生き物のホルマリン漬けが並んでいる。
壁にはセフィロトの樹の図や風景画が掛けられている。その画は錬金術師が秘術を言葉によらずに絵で記した寓意図の類だ。
「なによ。ここ。不健康だわ。悪魔を呼び出す魔術でもするわけ?」
「できたらいいけどさ、僕の趣味じゃないよ。城で雇っていた錬金術師たちが使った部屋だから」
「お気に召しませんか」
リリイの背後からボソッと声がした。
「ちょっと、驚かさないでよ。ステファニー」
メイドのステファニーは、バラの絵の陶磁器のポットから、同じ柄のカップに茶を注ぎリリイにすすめた。
「ありがとう。でもなんかこの匂いでお茶も台無しにならない?」
匂いに敏感なリリイは部屋の中で焚く香の煙が気になった。
「あ、消してよ。ステファニー。僕もあまり好きじゃない」
「そうですか」
ステファニーは表情を変えずに香炉の火を消した。香は彼女が焚いたものだった。
「錬金術を教えればいい?」
「うん。術の腕を磨きたい」
錬金術を扱えるかどうかは、生まれながらにして適性がある。錬金術師はなりたくて、なれるものではない。素質のある者がなるべくしてなるものなのだ。
レミーは騎士像を動かした。ひょっとすると、彼女より彼のほうが実力はあるのかもしれない。無生物を動かす『ゴーレム』の術は、風の属性のリリイはできない。
「錬金術は時代遅れなのに。錬金術は科学に押されているわ」
そう言いながらも、彼女は錬金術の可能性を信じている。
「科学は万人のもの。錬金術は僕の固有の力だ。僕は力をつけたいんだ。僕は僕たちの身を守れるようになりたい」
「ボクたち?」
「うん。妹を守りたいから」
「レミー様には妹君のアムブロシア・ラ・トラバント様がいらっしゃいます」
ステファニーが口を添えた。
「妹さんね。聞いているわ」
「僕は。母を守れなかった」
レミーが神妙な顔つきになった。
「レミー様の母……。ヴァネッサ・ラ・トラバント様は、城が攻められた晩から行方がわからなくなっているのです」
ステファニーの声に悲しみがこもっていた。
「お気の毒。いつから?」
「イングとの戦乱があったとき。イング軍に連行されたのかもしれないな」
トラバントの妃がいなくなったことを、うわさでリリイも耳にしていた。でも、それは遠い所の、自分とは全く関係のないおとぎ話のように受け止めていた。いま、その当事者を目の当たりにしているのだ。
あの肖像画に描かれた男女が、レミーの父と母であるとリンクした。
―――
リリイは授業を始めた。
「錬金術の三大目的を知ってる?」
リリイは手始めにレミーの知識を試した。
「まずは名前のとおり、『黄金をつくる』こと!」
「そうね」
「トラバントは実力のある錬金術師をたくさん受け入れていたのさ。錬金術でそりゃあ国が栄えていたんだよ。彼らがつくった金は、まだ城に残っているはずなんだ」
「ええ、すごくない? 私が通う錬金術学院には、黄金をつくれる教師はいないわ」
「『黄金の錬金術師』は表立って活動しないものさ。僕が幼かった頃に城にいたはずなんだ。いつのまにか去ったのだろうよ」
もしかすると、錬金術学院よりも面白いところに自分は来たのではないかとリリイは思った。
「ふたつめは」
「『不老不死』を目指すこと」
「あたり。なかなかやるわね。あとひとつ」
「ええと、あとはなにかな……」
レミーは栗色の髪の毛をかく。
「ヒント」
リリイは胸ポケットから指示棒を取り出し、部屋の実験器具の大きな空のフラスコを指した。
「フラスコ……」
「何か連想しない? 考えた? はい、どうぞ。レミー君」
「フラスコの中にかわいい妖精がいたらいいよね」
「よ、妖精ね。かわいい答えね。うん優秀。みっつめは『人造生命』の研究」
「ほら、正解だろ。それじゃ、こっちから聞くけど、リリイ先生は錬金術の三大目的のうちどれが使えるのかな?」
教師らしく得意げに指示棒を持つリリイの動きが止まってしまった。
『さらりと尋ねやがったな、この小僧。それができれば苦労しないわ』




