第13話 蒸気式昇降箱
城のエレベータの乗箱が降りてきた。メイドのステファニーは慣れた手つきで格子を開き、中にリリイを案内した。
「蒸気式昇降箱です」
乗箱は、止まったり動いたりを繰り返しながらゆっくり上がる。
「なにこれポンコツじゃない?」
「もう設備は古くなってしまいました」
エレベータはリリイの故郷イングリードランドで発明された。改良が加わって、今ではもっと速く安定したものになっている。
ハーベストランド中央の都市にも、すでにそれらが備わっているから、トラバント地方は遅れている。
「私が運転すれば大丈夫です。移動の際はお申し付けください」
「新しくしないの? この塔は上が崩れているし」
「財政が厳しいので無理です」
「えー」
トラバント地方には炭山と鉄山がある。
アルミニウムの原料となるボーキサイトも採掘できるので、地域は豊かなはずだ。現ハーベ領であるトラバントの資源は別の国内の地に運び出されていた。
「リリイさんの出身はどちらですか?」
リリイは返答に困った。トラバントの人たちは、ハーベもイングのことも快く思っていないだろう。
「イングよ」
リリイは正直に答えた。
エレベータガールをするメイドは、うしろを振り向いた。すこし口元が尖っている。このメイドにはもともと不愛想な感じがあるから、ますます冷たく感じられる。彼女の青い瞳が乗箱の暗がりの中で色素が濃くなっている。
「そうですか。でも、仕事ですからね」
「よろしく」
リリイのために用意された部屋は豪華だった。
高い天井にシャンデリア。光をいっぱい受けられそうな窓、哲学者が使うような広い机に、読書用につかえる一人用のソファ、壁にかけられた複数の鏡と風景絵画、もうひとつの仕切り部屋には化粧台と天蓋つきのベッドがあった。
古い城でも居間はしっかり設計されている。どの調度品も質はよく、かつての王国の栄華を物語っている。
「すてきじゃない? 私の寮の部屋の何倍の広さだろう」
「私もこんな部屋に住みたいと思います」
メイドのステファニーは自分の思いを口にした。
「まだこんな部屋、いくらでもあいているんじゃないの」
「私の身分にはあてがわれません」
「そうなんだ」
リリイはバツが悪い思いをした。
領主の家庭教師とメイド。働く場が同じでも、扱いが異なる。
「それではおくつろぎくださいまし、正午に昼食をお持ちします」
メイドは事務的に礼をして、リリイの新しい部屋から去った。
「そ、れ、に、し、て、も。ああ、いい部屋」
リリイは小躍りして王室用のベッドに倒れこんだ。
昼食は若いメイドが運んできた。
ポテトサラダとベーコンをはさんだサンドウイッチとコーヒー、常飲できるように紅茶のポットも持ってきてくれた。
「ありがとう。これはどこで作ったの?」
「地下に厨房があります。食材は生きのいいものを農家や街の市場から取り寄せています」
ステファニーよりもずっと若いメイドはそう答えた。
「水道はないの」
「いつでもお申し出ください。水でもお湯でも、お茶でも下からお運びしますので」
「自分でやれそうなことはしたいけどね」
「わたしの仕事ですから」
「仕事、ね。一時間後にさっそく私も始まるわ」
「レミー様の教師をなさるのですね」
このメイドとレミーの年は近そうだ。
「レミーはかっこいいと思う?」
「えっ、かっこいいというより、カワイイですね。お話したことがないので見ためだけの印象です」
「やっぱりそう感じるか。ちょっと、子供っぽいところがあるよね」
「どうでしょう。自分が偉いと思ったらちょっとはワガママになるんじゃないでしょうか。あと、レミー様には妹がいらっしゃいます」
「へえ、どう。かわいい?」
「もちろんですよ。お世話してあげたくなっちゃいます」
「いずれ会えそうね。あとね、アーリィっていう子を知ってる? この城で働きたいって、こっちにやって来ているはずなのよ。まてよ、家庭教師志望で来なかったとしたら、もしかするとメイドで働きたいのかも。でもまさかねー」
「メイドは大勢います。まだみんなの名前を覚えきれなくて、すみません」
リリイは昼食のあと、ていねいに歯を磨き、鏡で姿をチェックした。ネクタイを結びなおし、口紅を塗った。化粧をやりすぎたら、年頃の少年にとって刺激が強くなってしまう。いや、彼はメイドに囲まれた生活を送っているのだから、どうもこうもないだろう。
折りたたみ式の指示棒一本を胸のポケットに入れ、階段で四階まで下った。蒸気エレベータよりもそのほうが安全だと思った。




