第12話 領主レミー・ラ・トラバント
「あぶない!」
クリストファー・ローゼンクライツは騎士像の攻撃をかわして頭部を蹴りあげた。
鉄仮面が宙を飛んだ。リリイは真空波を繰り出して、胴体が残る騎士像の両腕を断ち斬った。
地面に転がり、金属の残骸と化した騎士像をリリイはまじまじと眺めた。
「さあ、今度こそ大丈夫です。中にお入りください」
クリストファー・ローゼンクライツに手を取り導かれ、リリイはトラバント城に入った。
「レミー様! 冗談はやめてください」
「ごめんクリス。実験が失敗した」
玄関口に少年とメイドの女が立っていた。
栗色のシャギーボブヘアの少年は小さく舌を出して許しを求める。
「私を殺す気ですか?」
クリストファー・ローゼンクライツの顔に怒りの色はない。
「殺せるならね」
少年はいたずらっぽく半笑いした。
少年は無生物を自立させて動かす術を使った。土の属性の錬金術師が得意とするものだ。
この二人はいったい何者だとリリイは思った。
「はじめまして。僕の名はレミー・ラ・トラバント。レミーって呼び捨てでいいよ。お姉さんを迎えに寄こしたクリストファー・ローゼンクライツは城の守護職だ。長い名前だから、クリスでいい」
少年は、無邪気な声でまくし立てた。グレーよりも茶深く、それでも透明感のある鳶色の瞳をしている。年相応の背丈で、リリイのほうが、少年より頭一つ高い。
「はじめまして、リリイ・メディナです」
まず、この少年に良い印象を持ってもらわねばならない。リリイはすこし深めに頭を下げた。
レミーは長身のクリスを見上げた。
「このお姉さんは僕の先生にふさわしいかい?」
早くも採用を判定する時が来た。リリイは身構えた。
「それは、レミー様がお決めになればよろしいのでは」
「じゃあ、決定だ。さっきの真空波の腕は見事だったよ。よろしく。リリイ・メディナさん」
「いいの? もう、私で決めてしまって?」
自分以外の人間も、この家庭教師の口に当たろうとしている。そう、三角帽子のアーリィ・リリンが、今、この地に来ているはずなのだ。
「いいよ」
少年は握手を求め、リリイの手をぎゅっと掴んだ。ほどよく汗がにじんで柔らかい手触り。
「!?」
リリイはすこし戸惑った。少年はしばらく手を離そうとしない。彼が無心に母性を求める子供のように感じた。
「こちら、使用人のステファニーです」
エプロンドレスを身に包み、金髪を結い上げた頭にフリルカチューシャを載せる細身の女性が前に出た。
「はじめまして」
メイドはきびきびと姿勢を正して礼をした。このメイドのステファニーはまつ毛が長く、くっきりとした目鼻立ちだ。
冷徹な瞳がすこし不愛想な印象を与える。結った髪をほどけば、きっと美しい金髪の女性だろう。
「さて、もうおなかがすいたな」
レミーは、城のロビーの中央に据えた大きな柱時計を見て、昼食の用意を促した。
「まだ早いですよ。レミー様。王様じゃないのだから、好き勝手な振る舞いは許されませんよ」
クリスが軽くたしなめた。
「王様じゃない……」
レミーは言われた言葉を抜き出して、ちいさくつぶやいた。
クリストファー・ローゼンクライツがメイドにたずねた。
「ステファニー。リリイさんをお部屋に案内を。すこし休ませよう。部屋の用意はできているか?」
「はい。九階に用意しています」
「トラバント城を見たかい。途中で崩れているだろ。二十階くらいで崩れている。僕はこの塔の五階に住んでいる。大浴場は地上七階だ」
レミーは城の説明を始めた。
風呂があると聞いてリリイは安心した。風呂好きな彼女にとって、風呂に入らない日があるというのはありえなかった。
「部屋があるのは十三階まで。エレベータも十三階まである。その上から先は、円塔の内側の壁から突き出た螺旋状の階段を登っていくんだ。上にいくほど狭まっていく。そこはきっと見晴らしがいい」
「では、午後一時に、四階のレミー様の研究部屋へお越しください。レミー様、本日はスケジュールどおりでよろしいですよね」
「ああ」
それからクリスはみんなの前で一礼をした。
「私は忙しいので、いったんこの場を外します。夜の席で会いましょう」
「クリス。今日も城を出るのか」
レミーが残念そうな顔をする。
「申し訳ありません。最近はいろいろと立てこんでおりまして。レミー様とすごす時間をつくりたいのですが……。努力します」
「仕事ばっかりはいけない。もっと遊んでくれないと。クリスと術で勝負したいんだ」
「はははっ、お相手願いたいものです」
クリスは乾いた声で笑い、レミーの要望をぞんざいに流した。
リリイは感じた。
『何だかクリスさんの微笑みがいままでと違う感じがする。この小僧なんかに負けるわけがないって感じ』
リリイは、クリスという男の役割や素性についてまったく見当がつかない。もちろん、彼女がこれからしっかり知りあわなければならないのは、生徒となるレミーのほうだ。
「お荷物をお持ちいたします」
ステファニーが義務的にリリイのカバンに手をかけた。しかし、メイドは腰を屈めたまま、カバンを動かせない。
「……重いです。これ」
中に本がたくさん入っているから当然だ。
リリイはすこし頭にきた。
「私が持つので結構」
リリイがステファニーの手の甲に手のひらを載せた。
「いいえ、私の役目ですので」
ステファニーは振り払う。クリスが間に割り入った。
「うちのメイドの非礼をおわびします。私が運びましょう」
端正な顔立ちにのる眉をゆがませて、切実な表情でクリスはリリイの許しを求めた。
「あなたは執事じゃないんでしょう?」
「関係ない。私が運びますよ」
「あなた忙しいんでしょ」
リリイはカバンを取り戻した。
「はあ。この城には使用人がたくさんいますから、いろいろ世話を頼んでもいいですからね」
リリイはエレベータの乗り口への移動中、ホールの壁に飾られた、等身大の『男女の肖像画』に目を留めた。
軍服を着た男性のかたわらに女性が座っている。
絵の中の女性の瞳は鳶色をしていて、レミー・ラ・トラバントのものとそっくりだ。男性は長身でなくとも、すらりとした立ち姿だった。
彼らはレミーの父と母だとリリイは思った。そして、戦争で命を失ったか、政変にまきこまれたのか知らないが、二人はすでにこの世にはいないのだと思った。




