第11話 城の迎え
リリイ・メディナは、予期していなかった出迎えに戸惑いつつ銀色の馬車に乗りこんだ。
クリストファー・ローゼンクライツと名乗る青年は、彼女の隣に並んで座った。
御者がムチ打つと、二頭の白馬は蹄鉄音を高らかに響かせ駆け始めた。石畳の路は、街から城まで繋がっている。
リリイは、相手と何を話せばいいかわからなかった。相手がどんな立場の人間かもわからない。彼女は城に雇ってもらうために来たのであって、招待されたわけでない。
「中央から、はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
青年は横を向き、自然な微笑みをつくった。芯があるが繊細で心地良い音色の声だった。
前髪が長めで鼻筋がとおり、品のある都会的な顔立ちだ。年上でまだ若々しく顔に皺はない。
車輪が石を噛んで、車体が揺れた。
「あっ」
リリイはよろけて青年に寄りかかった。
「おっと」
青年に抱きとめられると、彼のジャケットとウイングカラーシャツの下には、程よく筋肉のついた若い身体が潜んでいるのを感じた。
「ごめんなさい」
リリイは彼の懐から体勢をもとに戻した。
「いいえ。こちらこそ。夏ですね。ぴったりした服装は暑くてかないません」
彼はタイを緩めた。そのゆったりした動作からは余裕が感じとれて、彼は執事のような使用人ではなく、むしろ支配者側の人間であるかような印象を持たせる。
彼女は面食らって外のほうに顔を向けた。陽光が窓に差しこみ、彼女の額に汗の玉が浮いた。
彼女は首を絞めつけるネクタイを緩めたくなった。
『私、スーツが似合っているだろうか。
ふだんと違う格好だから、着こなした感じはないよね。
もしかすると化粧ものってないかも』
「銀の客車なんて素敵ですね」
元王国のトラバントは、現在はハーベストランドの領土になっているが、領主は金持ちなのだろう。
ただ、いくら金があっても、金装飾でないところは趣味がいい。
「乗り心地はどうです。この車はアルミニウムでできているのですよ」
「へえ」
「鉄よりも車体が軽く、木よりも丈夫です」
まだ、世界の科学はアルミニウムを精製できる段階にない。
「これだけの塊を造れるなんて、錬金術師がトラバントにいるの?」
「はい。錬金術師は国の宝です」
彼は笑顔を見せたあと、品定めをするように、まなざしをリリイに向ける。彼女はまた横を向いた。
端正な顔立ちの男に見つめられると、緊張してくる。
「ほら、あれがトラバント城です」
クリストファー・ローゼンクライツが白手袋の指で示した先に、尖塔を覗くことができた。
「何階建て?」
「実際に登って確かめてみたらいいですよ。この国の中で一番高いことは間違いないです」
彼は城を自慢した。
「もともともっと高かったんじゃ」
リリイの質問に青年は目を細めた。
「そうです。あれはですね、イングとの戦いでやられたのです。イングが撃った砲弾が城の先端部に当たって崩れたのです」
青年は遠くの景色を眺めながら、過去の出来事を振り返った。
「……」
イングがトラバントを攻めた。
リリイは、自分の出身国を明かせないと思った。
馬車が城の入り口のゲートをくぐると、街路樹が並ぶ道がしばらく続いた。
テニスコート、ゴルフコース、ところどころにレストハウスがある。ただ、人の姿はごくまばらだ。利用者はハーベの偉い人たちだろう。
「トラバントの成り立ちをご存じですか」
彼が聞いてきた。
「ええと、錬金術で栄えていた国と聞くわ。王様が国を治めていたけど、王様は亡くなり、いまはハーベ領になっている」
「トラバント王国は数百年の歴史があります。王家の血はいまでもつづいています」
馬車から降りたリリイは、首を伸ばした。
トラバント城は高くなるにつれて尖っていく三角円錐型の塔だった。
上部分は崩れ、レンガがむき出しになっている。
「さあ、どうぞ」
青年は城の扉を開けた。
扉が開いたと同時に、全身に甲冑をまとう青銅製の騎士像が剣を振りかぶってきた。




