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瑞国記  作者: Yuki_Mar12
【第二章】
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27/32

(7)

***




 自由という概念は、夢かおとぎ話のもののようで、実際存在するか疑わしいものだった。生まれた時にすでに人生でやるべきことが決まっているというのは、選択の余地がない点で、押し付けがましくて横暴で、白文は進んで受け入れようという気になれなかった。だが、彼はいわば井の中の蛙であり、行くべき道が自由に選択できる人間など滅多にいないことに考えが及ぶには、未熟だったのである。農民の子は農民に、商人の子は商人になる――否、ならざるを得ない場合ばかりであるのが通例で、仮にある者が、要求された役割を拒むとすれば、その者は流浪人になり、流浪人には確かに義務がないけれど、自由といえる身空ではなく、ただ本来あるはずのやるべきことより遊離しているというだけで、その状態は不安定で、不確実だった。


 ある日白文は、楊光に遊戯の囲碁に誘われ、対局することになった。白文にとって、親しい墨英などとやる時は興が乗るのだが、相手が皇太子となると、気遣わしいばかりで、楽しむことはまるで叶わなかった。


 東宮の寝殿にある皇太子の部屋に、白文は招かれた。彼の部屋は庭園の池に面しており、透かしの付いた窓からは、穏やかに波立つ水面の文様と、そこに泳ぐ色とりどりの魚影と、周りに植わった柳などの樹木が、優雅に観賞された。


 床にじかに座る白文と、低い床几に座る楊光の間の碁盤に、白黒の碁石が、パチンという固い音と共に盤面に打ち込まれていく。


 相手が皇太子だからと初めから勝つ気のない白文は、出来る限り真剣勝負のふりで臨んだが、彼にはお見通しのようだった。


「つまらない」、と楊光。「お前、手を抜いているだろう」


「えっ――」


 白文が戸惑ったが早いか、いささか不機嫌になった楊光は、盤面に腕を滑らし、すると、碁石がすっかり落ち、辺りに散乱してしまった。


「ぜんぶ拾え」


 囲碁の勝負は台無しになり、彼は困惑し、また焦って、あちこち移動してしゃがみ込んで、落ちた碁石を拾い始めた。


 不意に、白文の背中に強い力がグイと加わり、彼は思わず四つん這いにされ、振り向いてみると、楊光が足で踏み付け、グリグリするのだった。


「楽しい囲碁さえままならないようでは、先が思いやられるなぁ」


「申し訳ございません」


「出来の悪い弟だ。わたしたちは、気心の知れたきょうだい。兄のご機嫌くらい、たやすく取れないものか」


「……」


 気詰まりという感じでオドオド目を泳がせる白文に対し、楊光は据わった目付きになると、軽く白文を蹴飛ばし、すると彼は仰向けに崩れ、楊光はサッと接近し、その口から顎にかけての部分を、手で掴んだ。


「気に食わない顔だ」


 楊光は、白文に間近に迫り、その距離は吐息の生暖かいことがよく分かるほどだった。


「自我がうっすら滲み出ている」


 彼は手近にある落ちている黒い碁石をつまみ上げ、目の側で持って見せる。


「その目に、だ」


 楊光は気が済んだのか、白文を解放すると、つまみ上げた碁石をポイと軽く後方に投げた。固い碁石が床で跳ねる音がよく響いた。


「お前はきょうだいとして、生まれながらにわたしに従属している。そのことを、重々心得ておくことだ」


 白文は緊張して、うまく返事できなかった。


 彼はとても楊光と目など合わせられず、低く落としたが、向こうの方に、何かが蠢くのが見えた。もともと部屋にいたのだろうか。


 それは、ウサギだった。二本の鋭い角が付いた、黒い被毛のウサギ。口元がモゴモゴ動いており、心なしかウサギは、嗤っているかのように、白文の目には見える気がした。




***

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