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白文には「おばあ様」と呼ぶ者がいた。白林の出産に立ち会った産婆の蓮殿である。彼にとって蓮殿は、血の繋がりはないものの、やはり祖母のように身近に、また親しく感じる相手だった。実の祖父母には彼は会う機会がなく蓮殿が祖母の代役になってくれるので、不足は特に感じなかった。
後宮のある一室に、白文は「失礼します」と言って入っていった。
渋い香りがうっすら漂っており、椅子に座った蓮殿が、小さい陶器で茶を飲んでいるのだった。
そこは広々としていて、いわゆる休憩室で、女官たちがくつろぎにやって来、一人でゆっくりしたり、誰かと談笑したりするところだった。蓮殿以外には、女官たちがおり、それぞれ席に付いて、自慢話やうわさ話に興じていた。
そういう中、蓮殿は一人しっぽりしており、白文はちょうどよい機会と思い、彼女のそばまで行って挨拶すると、向かい側の席に座った。
「大きくなったねぇ、白林のぼっちゃん」
蓮殿は、男用の青い着物姿で、白髪の多い、背中まである長い髪は、後ろでまとめていた。
白文は苦笑した。大きくなったと言われた彼は、背の小さいことがいつも劣等感の種なのだった。
「ぼっちゃんって呼ばれる年ではもうありませんよ」
「ちょっと待っていなさい。今、お茶を淹れてくるから」
そう言って老人らしく大儀そうに立ち上がろうとする蓮殿を、白文は遠慮して制した。その頃彼女は老衰のため、産婆として現場に赴くことはほとんどなくなり、後任の指導係として従事していた。
「いくつになったんだい?」
「十六です」
「月日の経つのは早いものだねぇ」
「はい。自分が進むべき道も、だんだん見えてきた気がします」
猫背になった仕事から半ば引退した老女と、背筋のピンと伸びたこれから人生の本番が始まる青年の対比は、実にくっきりしていた。
「白林には伝えたのかい?」
「まだです」
「だけど、お前さんの進むべき道っていうのは、すでに官僚と決まっていたはずじゃ……」
蓮殿の表情が、怪しむように曇った。
「今回は、おばあ様にご意見を伺いに参ったのです」
白文は、どこか気詰まりに感じつつ吐露してみたが、蓮殿は早々と推察したのか、よくないとなじるように首をゆっくり振った。
「白文。お前さんは、いやしくも偉大なる皇帝陛下の血を継ぐ家族なんだ。この家族は、そんじょそこらの家族とは違って、守るべきものがある。国と、秩序だ」
「わたしには、荷が重すぎるように思います。いずれ皇帝陛下となる楊光兄様には、側近として、わたしより相応しい者がいるはずです」
「今相応しくなくても、やがて相応しくなるように努力すべく、お前は決定付けられているのだよ。悪いけど、わたしにはそう言うことしかしてやれない」
自身の企図が、信頼している相手に後押しして貰えず、白文は残念に感じた。墨英に触発された彼は、確かに彼の受け売りで、既定の役割に自分なりの希望で対抗してみようとしたわけだが、畢竟、彼は友人に感化されたに過ぎず、その企図に説得力のある具体性は備わっていなかった。白文は、どこかに旅立つくらいの考えしかなく、彼は、やはり都に縛り付けられ、苦手意識の消えない皇太子の補佐になるしかないのだという運命論に襲われたし、仮に強い意志で旅立つとしても、物別れになる母のことが懸念され、躊躇されるのだった。
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