(19)
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その夜は大雨が降っていた。雷が鳴り響き、地面は絶え間のない雨に覆われ、ちょっとした流れが出来るほどだった。
一台の馬車が、壁付けの台に篝火が焚かれた城門のそばに停まっており、二輪の馬車は、屋根と壁に覆われた屋形になっていて、中には黄輝が乗り込んでいた。
予定されていた門出の時だったが、空気はズンと重く、それもその筈、黄輝と白文とその護衛は、近々起こると想定される戦禍をあらかじめ免れるために逃げるのである。馬車は王女が乗っているというのに、なるべく人目に付かないように、素の木材が剥き出しになった飾り気のないものだし、護衛はたったの二人だけだった。
「姫様」、と馬車に同乗する白文が彼女に呼びかける。「遅い時間ですし、旅先までは数日が要される見込みです。お休みになってください」
彼等は前方に向かって設置された、馬車の巾いっぱいの長さの長椅子に並んで座っていた。
姫は白文の勧めに対して、目を伏せて沈黙し、不安そうだった。
車外では、護衛の一人の墨英が、夜番の守衛と話していた。
「一路平安を祈っております」、と守衛。
「今度の戦が正念場だ」、と墨英。「おれはこの任務のために参加出来ないが、奮戦するように」
彼等の話を車内で何となく聞いている白文は、勝つ見込みのあまりない、苦戦を強いられる反乱軍との戦を想像し、いたたまれない気持ちになった。白文にとって第二の故郷といえる月比は、あるいは焼け野原になってしまうかも知れず、喪失の予感が、彼の胸にズキンとした痛みを与えた。
そういえば、と白文はふと思い付き、長椅子より離れ、幌が掛かった馬車の出入口まで、狭い車室の中、腰をかがめて行くと、幌をめくりあげ、外に目を向けた。馬車の側に、もう一人の護衛の男が乗馬して待機していた。
兜を被り、鎧を纏った彼は、背が広く、太ってはいないのだけど、巨漢と言うべき男だった。鉄夏という、墨英と同じく武将の地位にある。
白文がじっと見ていると、その視線に感付いてか、鉄夏は振り向き、その面相がぼんやり見えた。細目で唇が薄くて面長で、白文と彼は何となく気まずく見合っていたが、鉄夏の方が正面に向き直り、大きくあくびした。
そして彼は白文の方に再び向き、「変わってくれないか」、と頼んだ。「眠いんだ。何せ夜だしな」
白文はきょとんとしたが、真顔になり、「今夜からよろしく」、と返した。「大雨の中悪いが、ぼくは護衛の役を勤められるほど、武芸に明るくないんだ」
「何。どうせ闇夜にまぎれて馬で駆け抜けるだけさ」、と鉄夏。「誰にだって出来る」
やれやれ、と白文は思ったが、「じゃあ、わたしがやる」、と黄輝が声を上げ、白文の背後まで来ると、彼の肩に手を置き、前のめりになった。
「姫様?」
白文はぎょっとした。
「危のうございます。お姿を晒すことだって……」
彼は諭したが、黄輝は聞かなかった。彼女は、広い布をほっかむりして隠れるようにすることで納得し、鉄夏と交代し、黄輝は雨下、馬に乗って手綱を持ち、鉄夏は厚かましく、馬車の長椅子で大きい体を折り曲げて寝た。
墨英と守衛は、まだ別れを惜しんで、しんみりした雰囲気の中、しゃべっているのだった。
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