(17)
***
「王位を授け、我が天下を分け与えてやったというのに、黄宇め、その恩を浅はかに忘れよったか」
厚い座布団と背もたれの長椅子に足を組んで座る男が憮然と言った。衣冠を被り、袖が床に接するほどゆったりした着物姿の彼は、皇帝の楊権だった。長椅子の裏側には、朱と金の衝立が設置されており、背景には、広い格子窓が並んでいる。衣冠に覆われていない剥き出しの部分の髪が白く、顔の肉が弛み、相応の年齢を感じさせる外貌の割に、その瞳の煌めきは、彼に対し、強い生気を感じさせるようだった。
皇帝が威風堂々と座る長椅子は、その部屋の石製の四角い壇上にあり、彼の正面には、灰色の平服姿の、髪の背中まである人物が、かしこまった佇まいで立っていた。その声は男のように低いのに、その容姿は、髪の長さと肌艶によって、女のように見えるのだった。彼は皇帝の秘書として勤める、宦官の緋新だった。
「伝令によれば」、と緋新が言った。「斉は現下、騒擾のために停頓している模様です」
「フン」と、皇帝は鼻で笑った。「所詮ヤツは、一地方さえ満足に治められない器だったというわけだ。出来の悪い息子とは往時より思っていたが」
嘲りの言葉を吐く皇帝の、動いている手元を、緋新はチラチラ興味深く見ていた。皇帝の腿の上に、一匹の小動物がのっており、実に珍しい様態の動物で、黒い被毛のウサギなのだが、二本の尖った角が、両耳のそばより真っ直ぐ生えているのだった。皇帝は半ば愛おしそうに、半ば退屈そうにその角付きウサギの背中を撫でていて、角付きウサギは、口をピクピク動かしながら、真紅の目を妖しく光らせているのだった。
「ヤツは嫌に向上心が強いというか、出世欲があり、朕がその熱意を買って取り立ててやったのに、なぜか足れりとしなかった。全くもって欲深いヤツだ」
「斉王は」、と緋新が口にした。「ひょっとしたら、より高い地位を求めたのではないでしょうか? 例えば、現在楊権様がそうでいらっしゃる皇帝陛下とか」
楊権の手がピタリと止まり、心なしか、角付きウサギはハッとしたように首を動かした。
「地位というのは」、と彼は厳かに言った。「誰かに請うて用意して貰うものではなく、自力で、奪ってでも獲得するものである。ヤツの小さい器では、よく理解出来てはいまい。ゆえに、秩序の乱れが生じたのだ」
皇帝は、黄宇の王位は剥奪するとし、緋新にその手続きを進めるように命じた。皇帝の意向により、後日斉には、後宮の子孫より選ばれた新たなる王が、後見人と鎮圧軍と共に、現地に赴くこととなった。
皇帝は長椅子より立ち上がり、緋新のそばを過ぎて去っていったが、長椅子の上に、あのウサギが残されていた。
その“角付き”の小動物は、皇帝に代わって、選ばれた者しか腰を下ろすことの出来ない、フカフカの金の座布団に、どこか得意げに、どこか邪念に満ちて、四本の脚を折り曲げて箱座りしているのだった。
***




