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孫一という武将は農民の出であり、またその中においても低級の農民の出で、両親は貧しい小作人であり、一家全員、地主に土地を貸し与えられることで、ようやく食い扶持が稼げるといった具合だった。耕して出来た作物は、半分以上が小作料として徴収され、厳しい小作人としての労働で得られる対価は驚くほど少なく、生活は不安定で苦しかった。
そういった窮境にあって孫一の両親は、腐らずに子育てに注力し、決して鈍感ではなかった孫一は、彼等の絶えない苦労と深い情愛がいたく沁み、幼心にその負担を軽減し、孝行して報いたいと望んだが、無力の子供にはどうすることも出来ず、その不能感の悔しさや負い目の感覚は、圧服する権力者への憎悪や反感になり、彼は偉くなりたいと憧れるようになった。
農民は納税のみならず、折に触れて徴兵に応じる義務があり、成長した孫一は徴兵されるようになったが、武芸で頭角をあらわすようになった。彼は日頃の畑仕事のお陰で、鍬や鍬などの金属の歯の付いた重い農具を軽々と扱うことが出来、その能力は、武具の扱いにうまく応用された。また、水田の上を飛び回るトンボを素手で捕まえることの出来る動体視力があり、戦場で孫一は、機敏な動きで敵を翻弄し、重みのある斬撃で打ち倒し、向かってくる敵の攻撃は、持ち前の反応のよさでヒラリと身軽にかわした。
彼はやがてその戦功によって低いとされている立場から拾い上げられ、彼の住んでいた斉の軍の正規兵に起用され、そこで場数を踏むことで更に昇進し、兵を率いて命令を下せる武将にまでなった。
彼は武将まで昇進することで得た特権で、かつては憎々しかったほどの重税を免れるようになり、スカッと胸のすく思いがしたけど、その時すでに、孝行したいと望んでいた両親は他界してしまっていた。日頃の重労働の苦労が体に蓄積していたようで、息子の成功によって楽が出来るようになるまで、彼等は持たなかった。
孫一は、そういった経緯によって、農民に対する慈愛が篤く、また、驕慢な権力者が許せなかった。
重税に喘いで土地を寄進しに駆け込んでくる農民たちを寛恕で迎え入れて保護する孫一は、果然その性質によって、政治的都合で民を圧迫する斉王の黄宇が常々好かなかった。
孫一は苦しむ農民たちを寛大に受け入れたが、彼等は、合意の上で、孫一の野望のための仲間とされた。その野望というのが今度の反乱であることは、言を俟たない。
圧政の解消が大義となっている、理想に燃える反乱軍の士気が団結力のために高く、ただ秩序の保持のために駆り出された官軍の士気が低いのは、理の当然であり、武器を持っただけの農民に対する正規の兵士の習熟度や、確立された補給路のない反乱軍に対する官軍の物資の豊かさなどの格差は、勝負を決定付ける要素としてはさほど重要ではないのだった。
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