二十一歩目 悪いお知らせ
また集まり始めている黒い霧の前で座り込んでいては危ない。
けれどさして慌てていないのは唸り声をあげる風の音が聞こえているから。
「うちの街に近寄ってんじゃねぇーーーーーーっ!!」
荒れ狂ったような風を纏いながら跳んでいるアーリャが鞭を振るって叫ぶ。
「アーリャちゃんっ!」
「アーリャっ!」
怒声と激風を伴ったアーリャの姿にフワワが嬉しそうに名前を呼び、シャリアも安堵したように声を弾ませる。
それと同時に姿を見せたカナカが持っていた箱をヴァルに押し付ける。
「これ」
「えっ、カナカさん!? こ、これ……結界具!」
「遅かったからついでに持ってきた」
「あ、ありがとうございますっ!!」
ネスタに遅れて辿り着いたカナカは来る途中で掻っ攫った、ギルド職員が運んでいた結界具の詰まった箱をヴァルに持たせ、シャリアがカナカに礼を言うものの、カナカはそれを聞き終える前にフワワ達の近くへと移動する。
アーリャが振るう鞭に纏った風が黒い霧を集めて『魔』に絡みつく。
「……っ!」
手応えは半分よりも下。
それでも『魔』の動きは止められた。
「ヴァル!」
「っ、わかってる……!」
アーリャの声に応じてヴァルが杖を掲げる。
箱の中から結界具が浮かび上がって、空中に五つ、地面に五つ、それぞれが円を描けるように散らばっていく。
留まったその結界具に取り付けられた石を的確に水の塊が矢のように放たれて砕く。
起動した結界同士が繋がって『魔』を円柱のような結界のに閉じ込める。
近くの家の屋根に足を着いたアーリャが鞭を手元に戻してソノラの近くに降り立つ。
「ソノラちゃん、めちゃめちゃ判断がはやーい!」
「ソノラちゃん! すごーい!」
「問題なさそうで安心しました」
アーリャとフワワからの称賛の言葉に満更でもなさそうに笑みを浮かべたソノラがそう返す。
アーリャに遅れて駆け付けたファジとムルム、飛行してくるメイ達を見て、シャリアは緩みそうになる表情を引き締めた。
「よし。じゃあ、ヴァルくんは結界具の維持お願いね! 私は向かって来てるノンナと合流して家見回ってくるから!」
「えぇっ!? ちょっ、俺もそっちが…………シャリアさん、早い……」
言いながら走り出していたシャリアの行動に断る術もなく、一人最前線に近い場所に置いて行かれたヴァルが肩を落とす。
深く息を吸い込んで、深く深く吐きだして、ヴァルはポーチから円形の端に小粒の魔石が埋め込まれたレンズを取り出し、揃ったアーリャ達《唸る風》パーティーとカナカ達《夕焼け空》パーティーを見て、意を決したようにレンズ越しに『魔』を見た。
「魔法耐性~? うちの攻撃効かないのにぃ?」
「物理耐性も高いってなるとチェッカー判定が違って、下級じゃなくて中級だったってことか?」
胡乱げなアーリャの声に、ソノラとフワワの説明を聞いてムルムがそう予測する。
その間にティールがギフト魔法を結界具を守るように細かに分けて使用していた。
「でも、俺のギフト魔法もあまり効果が無かった。的が散っていて普段通りの効果とはいかなったけど、一応、中級くらいはあるつもりだったんだが……」
「そうなると、中級2相当のステイタス値が必要って事ですよね……」
「しかもジョブが合ってる必要があるよな」
ネスタの言葉にソノラが難しそうな表情でそう零し、ティールが苦い顔をしながら加えた。
―――― 物理という点ではアタッカーのカナカがソロで中級2だった事は、食事を一緒に摂った際にフワワがポロッと口にした為、アーリャ達も知っている。
ちらりとアーリャがメイを、カナカがソノラを見た。
「むりよぉ! みんなで協力してやっとアーリャが追いつく的に私は当てられないわ!」
「速度問題となると……言いたくはありませんが難しいですね」
メイが大慌てでそう言い、ソノラは心底悔しそうにそう答えた。
ティールはじっとギフト魔法に集中しているフリをして名前を呼ばれないように無言を貫いている。指摘されればメイ同様に否定をするつもりだ。
「はーい、エレメンターの皆さま。悪いお知らせでーす」
若干震え気味のヴァルの声が張り上げられ、そして青い顔で『魔』をレンズ越しに見上げたまま注目を集める。
「こちらの上級『鑑定レンズ』でチェックしたところ、そこに二つの『魔』の情報がでてまーす」
―― 『鑑定レンズ』というのはその言葉通り、クラフター製作の持ち運べるチェッカーだ。
腕の良いチェッカーほどの細かな判定はできないものの大体の『魔』の情報が分かるものとなっている。
チェッカーほどの精確さはないものの、分身体を作る『魔』の本体を探すには便利な理由としていくつもの分身体を作っていたとしても、ヴァルが持つ上級の『鑑定レンズ』の場合、本体に近い位置に情報が浮かび上がるのだ。
上級の『鑑定レンズ』で見たにも関わらず『魔』の情報が二つ浮かび上がると言う事は。
「二体……いる?」
「分身体みたいにそっくりなやつが?」
「いるいる。ちなみに片方が魔法耐性高め、もう片方が物理耐性高めでーす」
ぱちくりと目を瞬かせたフワワが結界の向こう側の『魔』を見て、アーリャが嫌そうな顔でヴァルを見て言えば、どちらも肯定したヴァルが半ば投げやりな物言いと遠い目をしながらそう言った。
ヴァルは恐ろしくてすぐに逃げ出したい気持ちを茶化すことで誤魔化していた。
結界具の特に宙に浮かばせているのはヴァルであり、討伐人数を減らしてはいけないというギルド職員としてのなけなしの理性がヴァルの足をその場に留めている。
「うーわぁー……めんどくさーい! ヴァル、どっち側がどっち!?」
「だいたい右が魔法耐性高め」
嫌々ながらそう尋ねるアーリャにヴァルが情報が見えているあたりを指差しながらそう言う。
その返答にアーリャがすぐさま跳んで、結界を通り抜けてヴァルが示したあたりを囲うように武器を振るい、荒ぶるような風を纏った鞭で輪郭の分かりにくい『魔』を縛り上げていった。
風で集められ締め上げられた『魔』が確かに押し潰されるように消える。
「どうっ!?」
「アーリャ、後ろ!」
ファジの声にアーリャは振り返るよりも先に魔法で結界の外まで飛び出した。
勢い余って地面に突っ込みそうなアーリャをムルムが受け止めきれずに、仰向けに倒れる。
ムルムに礼を言うよりも先にアーリャが体を起こして振り返った結界の中では、濃さの変わらない『魔』が漂っている。
「一瞬消えたけどすぐ戻ってる!」
「消えたのに戻る~!? 目ぇ瞑ってたぁー!?」
「目が痛いほど見開いてましたぁーーっ!!」
若干怒りながら確認するアーリャにヴァルも同じような勢いと大声で言い返す。




