第97話 九州
1548年(豊新2年)6月中旬 肥前国 村中城
「おい彦!これを見ろ!」
「おぉぉぉ!これは……先日発売されたばかりの、日ノ本中に名を馳せる探検家、森 可成殿の【南方見聞録】では有りませぬか!!殿、私にも読ませてください!」
「はははは。仕方あるまい後程、彦にも貸してやろうぞ。」
「おぉぉ!ありがとうございます!しかし、余りにも人気の為に、発売日より品薄が続きその入手は困難を極めると伝え聞いておりまするが、どの様にして入手されたので?」
「ハハハハ、其処は、大名権力と銭に物を言わせたに決まっておろうが!」
「流石ですね。それで、噂通りの良書で御座いましたか?」
「うむ。海の先には、手つかずの広大な大地に数々な珍妙な動植物、そして数多の宝物が眠っておるそうじゃ!日ノ本の海の先には、我等が想像もつかぬ程に広大で、数多の未知の世界が広がっておるのじゃ!」
「おぉぉ!それは、また胸高鳴る話ですな!」
「そうだろう、そうであろう。彦よ、俺は決めたぞ。」
「何をですか?」
「日ノ本の東の海の彼方にはな、新大陸と呼ばれる日ノ本が何十倍もの巨大で豊かな島が存在するそうじゃ。その巨大な島には、未だ日ノ本の民が訪れた事は無いと云う。その島には、金銀に宝玉、莫大な富が眠っておるそうじゃ。」
「それはまた随分と心弾む話しですが……しかし、日ノ本の民は訪れた事が無いと云うのに、何故財宝が眠っておると判ったのでしょう?」
「そんなもん、俺が知る訳無かろう。俺はな、その新大陸を目指す事にしたぞ!あの、森殿にも出来たのじゃ!この俺に出来ぬはずが無かろう!ガハハハッハハッ……ハブッヘェー!?」
従兄弟の彦法師丸に苦労して入手した逸品を見せ付けて、己の夢を得意気に話していたら、突然、後頭部に激痛が走った。
「ぐおおおおおおおぉ~~」
あまりの激痛に頭を抱えながら振り返ると、そこには木刀を手に般若の形相をした母ちゃん、慶誾尼が居た……
「長法師丸……何時まで経っても評定に姿を見せぬと思い様子を見に来てみれば、あなたはこんな所で何、油を売っているのです?」
口調こそ落ち着いているものの、飾り気のない着物に身を包んでいても、その存在感と武術の腕は周囲を圧倒し、家中の並み居る男たちをもしのぐ。そんな、母ちゃんの俺を見る視線は、氷の様に冷たい。
ヤバイ……
「……母ちゃん……、その、あの、誤解で……」
「母上と、呼びなさい。長法師丸……いえ隆信殿、あなたは龍造寺家当主との自覚を持っているのですか?」
「も、勿論に御座います……」
「それでは、この火急の評定の前に、あなたは何をしているので?」
ぐぅ……氷の視線が痛い……
「……彦と評定での方針について、話を…」
「未知の世界とか、財宝と、聞こえておりましたが。」
母ちゃんの眼スゥ~と細められ、その纏う覇気が増した…
隣では、彦が壁を向いて直立不動で震えている
「母ちゃ…母上、それはその、今後の龍造寺家の方針に関わる事でして…」
「ほう。ならば、その方針とやらを母に聞かせてみなさい。」
ぐぅぅ…母ちゃん、その圧、止めて……俺、泣くぞ……
「……此度の長尾家による大内討伐、その余波は間違い無く、九州、そしてこの肥前にまで波及致します……如何に6カ国の守護を務める名門・大内家と云えども、日ノ本の過半を征す長尾家には対抗出来ぬでしょう……」
チラッと母ちゃんを見ると、少し圧が弱まってる気がする
どうやら、今の所は正解らしい……
「……肥前でも西の松浦、大村、有馬は長尾家との交易を通じた経済的繋がりにて、既に長尾家への支持を表明致しておりまする。此処は我等、龍造寺家もその流れに乗って長尾方にて参戦するが得策と思っておりまする……」
「中立では無く、長尾方にて、参戦すると言うのですか?」
ぐぅぅうぅ…母ちゃん、その圧マジ止めて、漏れる…色々漏れるから……
「……はい…、間もなく日ノ本は長尾家によって統一される事と成りましょう。その時の為に戦で手柄を挙げて、龍造寺家の立場を少しでも良くして置かねばなりませぬ。もう余り時間は残されては………居ないかなと………?」
「当主ならば、最後まで自信を持って言い切りなさい。ですが………そこまで、考えているなら、まぁ良いでしょう。」
母ちゃんの圧が弱まってる………どうやら助かった様だ………
「ただ、あなたは確かに昔から頭の良い子ですが、直ぐに驕り調子に乗る悪癖が有ります。その辺は、しっかり肝に銘じて置くのですよ。」
「はっ!心得ました!」
「それでは、皆が待っております。早く評定に参りなさい。それと、この書物は母もまだ読んでいません、借りていきますわね。」
そう言って、サッと身を翻していく母ちゃん
危なかった、久方振りに死を感じた………
【南方見聞録】は持っていかれたが、駄目と言える訳も無い、潔く諦めよう。
さて、間もなくこの九州にも大戦がやって来る。
そこで俺は、手柄を挙げて長尾の直臣と成り、褒美に越後船を貰うのだ。
そして、航海術も学び必ずや、新大陸に行ってやる!
そしてこの、龍造寺隆信が名を日ノ本中に響かせてみせようぞ!
1548年(豊新2年)6月中旬 豊後国 豊後府内
「久方ぶりじゃな。臼杵殿、吉弘殿。」
「うむ。我等3人が集まるのも、確かに久方ぶりじゃな。」
「皆、健勝そうで何よりよ。」
本日儂が屋敷に招いたのは、儂の同僚である大友家の重臣
臼杵 鑑速殿と吉弘 鑑理殿、二人共忠義に厚く有能な大友家の柱石となる重臣達だ。家中では儂、立花道雪を加えた3人で大友三宿老などと呼ばれておる。
「それで、此度の用件はやはり………?」
「大内攻めの事であろうかの?」
「うむ。そうじゃな。」
「御屋形様はなんと仰っている?」
「………御屋形様は、大内にお味方する御心算の様じゃ。」
「なんと!?」
「正気で御座るか!?」
二人が驚くのも無理はない、日ノ本の半分を征している大国と事を構えると言うのじゃ、儂も同じ気持ちよ。
「儂もお止めしては居るのじゃが、南朝と公方からの要請に加え、大内に筑前の守護職の移譲を約束され、幕府からは九州探題への任命が約束された事が大きい。儂の話を聞く耳は無い様じゃ。それに加え、名門としての矜持も捨てきれぬ様じゃ。」
「九州探題に筑前が大友のものと為れば確かに大きいが………長尾と全面戦争と為ろうぞ………例え名門と云えど戦に負ければ、待っておるは滅亡ぞ。」
「九州探題と筑前1国では、割が合わんにも程があるでは無いか!元々、我等と大内とは宿敵とも云える間柄、助ける義理など無いわ!」
「そもそもにして、道雪殿。仮に大友と大内が手を組んだとして長尾に勝てるのか?」
「戦は時の運。やってみなければ判らん。と、言いたい所じゃが、まずは勝てぬじゃろうな。先ず、国人衆共が素直に当家の動員に従うか怪しかろう。」
「長尾家の戦と為れば、良くて3割………いや、2割と云ったとこか。」
「軍神とも称えられるお主が言うなら、勝てぬで有ろうな………」
「そもそも、大国と言われる大友と大内の石高を足しても200万石を超えるかどうか、1000万石を超えると言われておる長尾には遠く及ばん、国力が違い過ぎる。その上に兵を率いるは、あの神童ぞ、あの怪物相手に勝てる気なぞ全く無いわ。」
「日ノ本の海を征すると言われる、あの強力な水軍の相手も厳しいですな。」
「ああ。海を征する長尾は長大な海岸の何処からでも上陸できる。それへの対処は事実上、不可能であろうよ。」
「大内も我等もとても、一枚岩で長尾に対抗できる状況に有りませぬしな。」
「チッ。塩市丸様の件か。嫡男の義鎮様では無く、異母弟である塩市丸様に家督を譲るなど、御屋形様は一体何を考えておるのだ!」
「そう、熱くなるでない吉弘殿。儂等も同じ気持ちよ。しかし、今は間近に迫っておる、この危機をどう乗り越えるかが大事よ。」
「そうじゃな………。すまん臼杵殿。」
「いや、構わぬ。しかし、どうしたものか………」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
部屋が暫しの静寂に包まれる。皆の考えは同じ様だが、流石に口に出すは憚れるか……。
致し方無い、やはり儂が口火を切るしかあるまい。
「……此処まで至れば致し方ない。儂は大友家の為に御屋形様には、隠居して頂くしかあるまいと考えておる。」
「……致し方有りますまいな。」
「最早、それしか手は残されておりませぬな……」
儂が願うは、大友家の存続よ。最早、名門と云う矜持だけでは生き残っていける時代では無い。時代は変わったのじゃ。
なれど、出来得ることならば、儂はこの名門・大友の名跡を後世にまで遺していきたい。
それが例え、時代に逆う事と成ろうともな………




