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第31話 謎の二人組

※細かい誤字を修正しました。


「待て!落ち着くんだ!」


歯をむき出し、四つん這いになって能力発動の体勢をとったオヤピンのリュックを握りしめ、僕は叫んだ。いくらオヤピンの脚と言えども相手は車、ましてや差別の対象でもある『変質』の能力を人目の多い所で発揮するのはリスクが高すぎる。

事実、毛を逆立てて唸るオヤピンの姿に気づいた人々は、我先に目に付いた車に飛び乗り、ある者は悲鳴をあげながらこの場から逃げ出している。


「キャー!化け物よ!」


「だ、誰か警備兵を呼んでくれ!」


それは、僕の予想をはるかに上回る差別感情だった。辺りは動物園の猛獣が檻から抜け出したようなパニック状態にまで発展し、騒ぎを聞きつけた付近の警備兵がすぐさま駆けつけてこちらに銃口を向ける。


「おい、クソ犬ども!そこから一歩でも動いたら発砲するぞ!大人しく両手を上げて跪け!」


「え……?ルカ、どうなってるんスかコレ?」


「黙って……今は言う通りにしよう」


言われた通りにしなければ、こいつらは躊躇なく僕達を撃つだろう。即座にそう直感出来るほどに彼らの視線は冷たい。正気を取り戻したオヤピンをなだめ、僕はゆっくりと両手を上げる。

ここにいるのが僕一人だったならば、おそらくこの場を乗り切るのは容易い。今後の旅に支障をきたすのは必至だが、『強化』の力で滅茶苦茶に暴れれば混乱に乗じて逃走を図れるし、多少の銃傷は『再生』で修復出来る。

だが、オヤピンは……


「ち、違うんです。話を聞いて下さい」


「口を開くな!化け物!!」


銃声が鳴り響き、警備兵の放った銃弾が目の前のコンクリートを抉る。

あっという間に僕達は数人の警備兵に取り囲まれ、後ろ手に手錠をかけられてしまった。オヤピンに至ってはすでに能力を解除しているのにも関わらず、猿轡を噛まされ、鋼鉄製のワイヤーのようなものを身体に巻き付けられてかなり苦しそうだ。


「やめてくれ。僕達は荷物を盗まれただけなんだ!せめてそこの女の子だけでも……」


「口を開くなと言ったはずだろ!」


「がっ……!!」


警備兵に思いっきり銃尻で殴られ、後頭部に激痛が走る。更に衝撃で倒れ込んだ僕の頭を踏みつけ、コンクリートに顔を擦り付けられる。


「勘違いするな。いくらここが自由の大陸と呼ばれていようがな、お前らみたいな化け物が我が物顔で街を歩いていいワケじゃねーんだよ!」


とどめと言わんばかりに鼻っ柱を蹴り飛ばされ、破裂したような鈍い音が頭の中で響き渡る。手錠を掴んだ警備兵に身体を起こされると、鼻から流れ落ちる血がコンクリートに点々と滴る。

やがて到着した護送車のドアが開き、並ばされる僕達に向かって、その場に残った野次馬達から罵詈雑言が飛び交う。


「人の皮を被った獣め!」


「一緒にいる小僧もそうに違いない!今に大暴れするぞ!」


「とっとと下に放っぽりだせ!」


なんだ、なんなんだ、こいつらは。

どう考えても、あれだけの人数がいて盗みを働いた男の動きが見逃される筈がない。実際に"盗まれた"と叫んだ時、走り去るバンを見て不審に思う者も何人かはいたのだ。だが、追いかけようとしたオヤピンの姿を見た途端にこの有様……


"いっそこの場にいる奴らを皆殺しにしてやろうか"


理不尽な悪意が向けられるたびに、どす黒い思いが渦巻く。

もしも、僕に、オヤピンに、もう一度手をあげる事があったら、それがお前らの最後だ。


「おい、早く乗れ!」


「うぐぐ、い、嫌だ……ぎゃんっ!!」


護送車のステップに足を踏ん張り、精一杯の抵抗を見せるオヤピンに向けて警備兵の銃尻が振り下ろされた。


"殺してやる"


「おい、お前、鼻血が止まって……!?」


背後にいた警備兵が僕の能力に気づき、僕は手錠を引きちぎろうと力を込める。


その瞬間だった。

けたたましいエンジン音が鳴り響いたかと思うと、野次馬の間を縫うように悪趣味な色の高級車が乱入してきた。突然の出来事に避ける間も無かった数人の警備兵を突き飛ばし、そのまま高級車は土煙を巻き上げながら周囲を威迫するように旋回、やがて護送車の目の前で動きを止める。

あまりの迫力に、僕も含めてその場にいる誰もが固まってしまった。


やがて、運転席からは丁寧に、助手席からはドアを蹴り飛ばすように乱暴に、二人の女性が姿を見せた。


「どうやら早速見つけたようだな、エージェント・シュシュ」


「どうやら早速見つけたようですね、エージェント・タイム」


助手席から出て来たのは、スレンダーなモデル体型でベリーショートの女性、運転席から出て来たのは、どう見ても小学生くらいの背丈をしたおかっぱ頭の少女だった。どちらも鮮やかなピンク色のスーツを着て警備兵に立ちはだかっている。


「あのムラサキ頭の小僧で間違いないんだな?」


「確認は不要です。私の『ナビ』に誤差はあり得ません」


「で、なんで捕まってんだ?」


「愚かな人民どもの、愚かな思考の連鎖によるものでしょう」


「ふーん。て事は、やっちゃっていいんだな?エージェント・シュシュ」


「やっちゃっていいと思います。エージェント・タイム」


警備兵達は、焦ったように一斉に銃を構え、謎の二人組に銃口を向ける。


「貴様ら、何者だ……っ」


突然、僕の耳元でゴキッという鈍い音が響く。いつの間にかエージェント・タイムと呼ばれていた女性の繰り出した上段蹴りが、僕の手錠を掴んでいた警備兵の顔面にめり込んでいる。目を離していた訳でもないのに、とてつもないスピードで瞬間的にここまで移動していたのだ。


「小僧。巻き込まれたくなかったら動くなよ」


呆気にとられ、返事をする間もないまま女性の姿は消え、また別の警備兵が短い悲鳴を上げてその場に倒れ込む。


「う、撃て!撃てーーッ!!」


上官と思われる警備兵の合図を皮切りに、全員が滅茶苦茶にライフルを乱射する。流れ弾に当たらないように僕は護送車を背にしてその場に屈み、身動きの取れないオヤピンは護送車の下に入り込むよう指示した。

瞬く間に空港前の広場は悲鳴と銃弾の飛び交う戦場と化し、さっきまでいた野次馬達も散り散りに逃げてゆく。


「ハッハー!!愚か者の寄せ集めが秘密結社に敵うと思うてかーーッ!!!!」


蹴り上げを食らったライフルが宙を舞う。

ある者は頭に食らったかかと落としで身体が『く』の字に折れ曲り、意識を失って倒れこむ。

ある者は飛び蹴りの衝撃で吹き飛ばされ、護送車に叩きつけられる。

閃光のような速さで次々と繰り出される凄まじい蹴りの威力によって、一人、また一人と蹂躙されてゆく。



「なんだコイツら?弱すぎるぞ」


うめき声すら聞こえない。

十数人いた警備兵は、エージェント・タイムと呼ばれる女性一人に瞬く間に制圧されてしまった。


「小僧、ケガは無いか?」


「は、はい。ありがとうございます。オヤピン、もう出てきていいよ」


「おおっ、でっけーイモムシが車の下から出てきた」


ワイヤーに巻かれたまま、護送車の下からもぞもぞと這い出てきたオヤピンを見てエージェント・タイムは驚く。


「ッぷは!オヤピンはイモムシじゃないっス!しっかし、あんた随分強いんスね〜。ついでにこのワイヤーもちぎってくれたら嬉しいんスけど」


「誰だか知んねーけど、俺達が用あんのはこっちの小僧だけだから。後は自分でなんとかしな」


そう言いながら猿轡を放り投げ、僕の手錠を掴んだ時だった。高級車のドアを遮蔽物代わりにして身を隠していたおかっぱの少女が顔を出した。


「まだ終わってませんよ、エージェント・タイム。護送車の中から只ならぬ気配がします」


ギシ、ギシ、という音と共に護送車が揺れ、中から一人の男が出てきた。警備服がパンパンに引きつるほどの、全身が贅肉に覆われた巨漢だった。


「ふぁ〜あ。君達、たかが化け物の送迎に何分かかってんの〜?呑気に寝てる場合じゃないよ〜」


すかさずエージェント・タイムは攻撃態勢に入り、直後に巨漢の脇腹辺りからボン、と鈍い音が響く。しかし、その巨漢は先ほどまでの警備兵とは違い、吹き飛ばされる事も膝をつく事も無かった。蹴りの衝撃が分厚い肉の壁を伝って波紋のように駆け巡るのが見えるだけだ。巨漢は何事も無かったようにこちらを振り向き、手を伸ばす。


「チッ、分が悪い!エージェント・シュシュ!交代だ!」


「分が悪いですね、エージェント・タイム。交代です」


そう聞こえた瞬間に僕の身体は浮き上がり、高級車のドアの後ろへ移動していた。目の前には巨漢に向かって歩き出すおかっぱ少女、エージェント・シュシュの姿があり、その後ろには未だにワイヤーに巻かれたままのオヤピンが横たわっている。


「紫の少年よ。彼女はあなたの仲間なのですか?」


「そうです!どうかその子も助けて下さい!」


「だ、そうです。どうしましょう?エージェント・タイム」


「あんたに任せるよ。エージェント・シュシュ」


声に反応して車内を見ると、エージェント・タイムは既に助手席に座り、サングラスをかけて傍観していた。


「化け物はみんな"アンダー()"行きだ〜〜!」


巨漢は少女に向かって容赦なく拳を振り下ろす。少女は軽快なステップで難なくその拳を躱すと、地面に落ちていたオヤピンの猿轡を手にとって巨漢の首筋に飛び乗り、目隠しのようにして巻きつけた。


「ちょっとお借りしますね」


「あわわわわわ……」


巻き付けられていたワイヤーを少女が思いっきり引っ張ると、ゴロゴロとオヤピンは転がってゆく。そのワイヤーを持って再び巨漢の頭に飛び乗ると、巧みな手さばきで猿轡ごと頭に巻き付け、物の見事に視界を塞ぐ事に成功した。


「な、なんだ〜?何にも見えないよ〜!」


ぶるぶると肉を揺らしながら滅茶苦茶に拳を振るう巨漢をよそに、少女は目を回すオヤピンを抱えながらトコトコとこちらに戻って来る。


「相手が想像以上の愚か者で助かりました」


「よし、全員乗せたらすぐ車を出すぞ」


訳の分からぬまま僕とオヤピンは後部座席に放り込まれ、車のドアは閉められた。



「あの、あなた達は一体……?」


僕の質問に対して、運転席に座るエージェント・シュシュがサングラスをかけながらこちらを振り向いてこう言った。


「私達は『MIP』の者です」


「え、えむあい……ぴぃ?」


頭の中に次々と湧き上がる疑問符の整理に追いつかず、自分の置かれている状況を把握するのにしばらく時間を費やした。

かろうじて今理解しているのは、警備兵達に連行されそうになった途端、今度は見知らぬ人間の車に乗せられてどこかへ連れ去られようとしている事だけだ。反射的に車のドアに手をかけようとするが、僕の手には未だに手錠がかけられたままだった。


「ボスの所へ連れてってやるからしばらく大人しくしてな。ルカ」


「ルカ!?僕の名前を知ってるんですか!?もしかして、あなた達はサイコさんの……」


「黙ってた方がいい。舌噛むぞ」


「のぁぁぁぁっ!!?」


「ギャーーーー!!?」


エージェント・タイムの忠告の直後、全身が後ろに引っ張られるような衝撃が襲う。轟音のようなアクセル音を響かせて、車が発進してしまったのだ。

エージェント・シュシュのハンドルさばきに合わせて、僕とオヤピンは右に左に揺さぶられる。


「ル、ルカ、なんなんスかー!?こいつらー!?」


「僕にも分かんに……痛ってーーーー!!」


(車って、怖い!)



こうして、盗まれた荷物を取り返す事の出来ぬまま、僕達は『MIP』と名乗る謎の二人組に連れ去られてしまった。







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