第32話 SCREAM
酷い頭痛で目を覚まし、ごうごうと風を切る車の窓にもたれかかりながら外に目をやる。車窓から見える景色は空港の外で見たコンクリートの大地などではなく、見渡す限りの荒涼とした大地と赤茶けた山々がどこまでも広がる、なんとも寂しげな光景に変貌していた。
「お、目ぇ覚ましたか」
「タイム、この場合は"気がついたか"と言うべきです」
『MIP』と名乗る謎の二人組が運転するこの車は、せり上がった安全地帯の壁の上を相変わらずの猛スピードでどこかへ向けて進んでいるようだ。
意識がはっきりしてくるのと同時に、キーンという耳鳴りと後ろに吸い寄せられるような感覚が再び襲いかかってくる。頭をさすりながら隣に目をやると、真っ青な顔で窓の外を眺めている放心状態のオヤピンの姿があった。
「オヤピン、大丈夫?」
数秒遅れて僕の声に反応したオヤピンは首を振り、口元を右手で抑え、左手で下を指差すようなジェスチャーを見せる("出ちゃう"のポーズだ)。
一体、どのくらいの時間、どのくらいの距離を走ってきたのかは分からないが、周囲の景色を見る限りでは空港の広場とは全く別の場所にいる事だけは分かる。僕はリュックを枕代わりにしてオヤピンに横になるよう促すと、前の座席の二人に目を向けた。
「さっきは危ないところを助けてくれてありがとうございました。えっと、エージェント……」
「タイムだ。隣のチビはエージェント・シュシュ。
さっきっつっても一時間近く前の事だけど……まぁ、俺達としてもあんだけ目立っててくれてたおかげで探す手間が省けたから、結果オーライっちゃ結果オーライだわな」
「連れ去るような形で車に乗せてしまいましたが、私達はあくまで任務遂行のために行動しているだけです。あなたを知る人物から提示された名前、声帯データ、外見的特徴に一致している人物を連れて来るのが、私達の任務なのです」
「僕を知る人?一体、誰なんですか?」
「残念ながら、あなたが指定された人物だという確証が得られるまではこれ以上の情報は与えられません。詳しくはボスにお会いになって直接お聞きください」
その直後、急ブレーキの強烈な衝撃が僕達を襲った。横になっていたオヤピンは目をひん剥き、うめき声と悲鳴を混ぜたような声を漏らしながら必死に口元を押さえる。思い返してみてもこのエージェント・シュシュという少女、その姿や振る舞いに似合わずかなり荒っぽい運転をするようだ。
フロントガラス越しに前方を見ると、そこには高くそびえる頑丈そうなゲートの姿があった。それは東京の安全地帯で見たゲートとは形こそ似ているものの、材質は全く異なるものだと分かる。太陽光を反射してキラキラと輝く外壁は、まるで光学迷彩のように周りの風景と完全に同化していて、遠くからでは識別するのも困難だと思えるほどだった。
ゲートの両脇に設置されたセンサーにMIPの二人が同時に手をかざすと、やがて重々しい音を立ててゲートが開く。
敷地内は、飛行機と思われる残骸や見慣れない乗り物が乱雑に散らばっていて(組み立て中なのか解体中なのかは定かではないが)それぞれを数人のスタッフが取り囲んで何やら作業しているのが遠目ながら確認出来る。
一際目を引くのは、ゲートから直線状にある巨大な建物だった。一体、ここがどのような施設なのか分からぬまま、車は再びスピードを上げてその建物の方向を指し示す矢印に従ってぐんぐん近づいて行く。
「シュシュ、もうちょいスピード落とせよ。ボスにバレたらまた"キャンプ"行きになるぞ」
「大丈夫ですよ。ボスの気配はちっとも感じませんから……っ!?」
またもや車内に衝撃が走り、全員が前のめりになった。今度は先ほどと違い、MIPの二人も何が起こったのか理解できていない様子だった。慌てたエージェント・シュシュがアクセルを踏むが、その場に砂埃を巻き上げるだけでちっとも前に進まない。
次の瞬間、車体の前方がゆっくりと浮き上がり、次第にフロントガラスには真っ青な空が映る。
エージェント・タイムが助手席から顔を出して後方を確認すると、ビクッと身体を震わせて絞り出すように小さく呟く。
「だからスピード出すなって言ったんだ……」
冷や汗でずり落ち、リアガラスに向かって落下するエージェント・タイムのサングラスを目で追うと、そこには野太い腕一本で四人の乗るクラシックカーを持ち上げる大男の姿があった。
「ボスだーーーーッ!!!!」
瞬間、ぐらりと車体が下に引き寄せられ、直後に上空に向かって勢いよく飛ぶ感覚に襲われる。実際に、このクラシックカーは僕達を乗せたまま、青い空に向かって直上にぶん投げられてしまったのだ!
「「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
身体が座席から浮き上がる。
四人の叫び声が車内にこだまする。
フロントガラスの景色は瞬く間に青空からコンクリートの道路に変わり、それをめがけて車が凄まじい速度で落下する。
「お、お、落ちるぞ!!衝撃に備えろーー!!!!」
耳をつんざくような破壊音と衝撃が身体中を襲う。車はコンクリートに突き刺さるように直立、その後ゆっくりと後部が引っ張られ、ガシャンという音を立てて完全に停止した。
意識を失いそうになる中、間髪入れずに再び鋭い破壊音が響き、ルーフが剥ぎ取られる。
すっかりオープンカーと化してしまった車の座席に身を屈めながら恐る恐る目を開けると、そこには丸太のような腕でルーフを持ち上げながら満面の笑みを浮かべる、大男の姿があった。
「ハーーーーーーローーーーーー!!!!
ルーーーーカちゅわぁぁーーーーん!!!!
"スペースピンク本部"へようこそーー!!会いたかったわよーー!!もう逃がさないわよーー!!
ン〜〜……マッ!!」
太い首に太い腕、ピンク色の髪の毛を頭頂部にのみ残した巨大な坊主頭、『スペースピンク』……
「なになにぃ!?なぁーにもぉ!!?サッちゃんと別れたと思ったら早速別の女に乗り換えってワケぇ!?もしかしてこのドロボウ猫と恋のバミューダトライアングル編に突入させようってワケぇ!?」
そして忘れもしない、口周りを覆うようにきっちり整えられた、ハートマーク型の口髭……!!
「ま、まさか、僕を知る人って、アプリコットさん!!?」
「あぁぁぁぁん!!アタシってばどうした事かしら!!ルカちゃんに名前を呼ばれるだけで全身を駆け巡るこの感情。これはまさか、究極の、愛!!?
……いいわ、アタシ決めた!!
他ならぬ可愛い弟子のよこした逸材とあらば、ただのいち作業員としてコキ使うのも勿体ないってモンよ!爪の先からアソコの先まで、きっちりみっちり真っピンク色に染めて、宇宙一の宇宙飛行士に育て上げてやるわ!!」
引いた血の気が更に引いた気がする。
今、この人は何て言ったんだ?
"可愛い弟子"!?
"いち作業員"!?
間違いであって欲しい。
今、僕が頭の中で予感している事が、全くの見当違いであって欲しい……!!
「サイコさんの言ってた師匠の正体って……」
「そう、サッちゃんはアタシの可愛い一番弟子。
アタシが考案したスペースピンク専用の、宇宙一の戦闘訓練プログラム『ハーレムブートキャンプ』の訓練生よ!しっかし、補充スタッフの取り引きで派遣されたのがまさかのルカちゃんだったなんて、サッちゃんも相変わらず悪どいわね〜〜!!
ルカちゃん、これからスペースピンクの一員として頑張ってね!!永遠に……うふふふふふ」
「だ、騙されたぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」




