第30話 自由の大陸
「感染戦争の真っ只中でしたかね、そう呼ばれ出した頃は。正式名は『Liberty Continent of America』(リバティーコンティネントオブアメリカ)、直訳で"自由の大陸"という意味になります。
実は『LCA』というのは、世界が大混乱に陥り、情報統制もままならなくなってきた当時に大ヒットしたある歌の曲名からきているんですよ。
あの時はそれがそのまま地名として根付くなんて夢にも思いませんでしたが、それだけ民衆の心に刺さるものがあったんでしょう。まぁ、その流れを止められないほどに軍と国民との力量の差が狭まっていた、というのも大きな要因でもありますが」
出発前夜、僕達がこれから向かう地でかつて起こった出来事をディエゴさんは語る。
「 元々パワーのある国でしたから、その荒れ様たるや母国にいた私にも何かと耳に入ってきていました。安全地帯が出来上がるのと同時期に暴動は沈静化されたという報道がなされましたが、側から見ればただの籠城にしか思えませんでしたね。
ちなみに、LCAの安全地帯は東西南北に四箇所あります。君達が向かうのは位置的に見て西海岸側の安全地帯でしょう」
すっかり冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、ディエゴさんは最後にこう付け加えた。
「十分に気をつけてください。安全地帯とはいえ、自由という言葉を履き違えている連中もかなり多いと聞きますから」
「はい……」
「ヒャアーーーーーーッッ!!!!」
「なっ、なんですかいきなり!?」
ハッとして辺りを見回すと、隣にいるオヤピンが窓を覗き込んではしゃいでいる。僕は、長いフライトの中でいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「勇者様、見て見て!すっごい街並みっスよ!!」
「むぅ……」
夢と現実の境で朦朧としながらも、オヤピンに促されるまま窓を覗いてみる。
「すごい……!!」
そこには、機内の小さな窓には収まりきらないほどの巨大な建物がそびえていた。そびえていたというよりはむしろ、"物凄く巨大で長い建物が、はるか地平線まで繋がっている"といった方が正しいだろうか。それほどまでに大きいのだ。
高度が下がるにつれ、だんだんと細かな作りが露わになってきた。街並みや景観などを一切排除した四角い建物の上には、これまた一回り小さな四角が積み上げられている。屋上部分には豆粒のような大きさの警備兵達が規則正しく整列しており、戦車や軍用ヘリの姿もちらほら見える。
「なんだか豆腐の上にアリの大群が群がってるみたいっスね……あっ、下の方にもわらわらいるみたいっスよ」
オヤピンの指差す方を見ると、おびただしい数の黒い粒が建物の壁に向かって波のように飛沫を上げては崩れている。
「あれは……徘徊者だ。多分」
屋上にいる警備兵は徘徊者に連動するように彼らの頭上へ陣取り、真下を銃撃する。それを受けた徘徊者の塊はボロボロと崩れ去ったかと思えば、また新たな場所に塊を作って壁の上を目指し、這い上がる。
「警備兵達は苦労してるな。ここと比べたら東京のなんと平和な事か」
「国民性もあるのかしらね。ほら、日本人ってあんまり大人数でデモとかするタイプじゃなかったでしょう」
「はは、あいつらにはもうそんな事を考えられる頭は残ってないよ。見ろよあの姿。まるでゾンビだ」
付近にいた老夫婦と思われる二人の会話が耳に入る。彼らにとって、この光景はもはや見慣れたものなのだろう。しかし、大凶区にいたクワトロ達の事を思い浮かべると、僕には一概に生ける屍と吐き捨てる事は到底出来ない。壁の上を目指して這い上がる彼らは、純粋に、必死に、ただ助けを求めているだけなのではないか。そんな思いさえ頭によぎる。
さすがにオヤピンも眼下で起こっている事態を把握したのか、今は窓から目を離してパーカーの裾あたりをもぞもぞと弄っては唇を尖らせている。
「皆様、当機は無事にLCAロサンゼルス空港へ到着致しました。お降りの際はお忘れ物の無いようお気をつけ下さい」
程なくして機内アナウンスが鳴り、ついに僕達はアメリカの地に降り立った。
空港の役割を担う四角い建物の一つに隣接された滑走路と管制塔。地の果てまで続くようなコンクリートの大地を警備兵らが等間隔に付近を歩き回っているのが見える。そして時折、飛び交う軍用機の音に混じって微かに聞こえてくる銃声。
「東京の景色とは大違いだね」
「そっスね。オヤピン、もっと綺麗なとこ想像してたのにな〜。これじゃあ空軍基地となんにも変わんないっスよ」
荷物を受け取った後、到着ロビーの休憩所でアイスクリームを食べながらオヤピンは悪態をついている。ちなみに特別外出許可証は海外でも問題なく使えるらしく、パスポートからクレジットカードまで様々な機能をこれ一枚で果たしてくれる。
問題はこれからだ。
サイコさん曰く"行けば分かる"との事らしいが、辺りを見渡しても待ち人らしき人がいるわけでもなく、ディエゴさんも空港から先の目的地は聞き出せなかったという。
「とにかく、受付で色々聞いてみよう」
まごまごしていてもしょうがない。ここから先は、僕自身がきちんと考えて行動しなければならないのだ。早速、オヤピンの手を取り、人の波をかき分け、地図を確認し、インフォメーションセンターへと向かう。
「LCAへようこそ。ここへ来るのは初めて?」
「はい。できれば、LCAに関する事を何か教えてもらいたいのですが」
「かしこまりました。それではまず、ここLCAについての簡単な歴史をご説明させていただきます。
今から53年前、西暦2027年に一人の世界的ミュージシャンの手によってある楽曲が生み出されました。その名も、そう!皆様ご存知『Liberty Continent』(リバティーコンティネント)ですね。『MP』に翻弄される世の中に向けた強烈な歌詞は戦争に疲弊した人々の支えになり、やがて大きなうねりとなって、ついには当時の国名に取って代わるという前代未聞の結果となりました」
「ち、ちょっとすいません。『MP』ってなんですか?」
「『MP』は"ミステリアスパワー"の略称ですよ?バイトウィルスに感染した人間、及び覚醒した人間を指してこう呼びます。"神秘的な力"という意味です。まさか、ご存知ない?」
「ご存知ない?」
「え!?あぁ、思い出しました!あのMPの事ですよね!寝ぼけちゃってたみたいです!ははは!」
まさかオヤピンまで突っ込んでくるとは思わなかったが、きっと何か別のものと勘違いしているに違いない。とはいえ、この場においては助かった。到着早々、あまり疑われるような行動は慎みたいのが正直なところだ。
「……では続きを。
我がLCAには世界最多となる四箇所の安全地帯が建設されています。中でもここ"LCA西部安全地帯"は、東部に次ぐ規模の安全地帯となっております。半径は実に150キロ、街全体、ひいては街道さえも要塞化して取り囲み、徘徊者の脅威に怯える事の無い生活を保障しております」
「150キロ!?」
数字だけで計算すると、東京の安全地帯と比べて15倍の広さだ。そんなとんでもなく広い敷地の中で、一体どうやってサイコさんの師匠を見つければよいのか。考えるだけで気が遠くなる。
「たびたびすいません。実は僕達、ある人に会いに来たんです。でも手がかりが何もなくて……」
何度も話の腰を折られて多少ムッとしたような顔を見せる受付の女性は、頬杖をついてこう聞いてきた。
「特別外出許可証は持ってるわよね?専用の機械に通せば関連人物をいくつか割り出す事も出来るけど」
「では、お願いします」
「ハァ。悪いけど、プライバシーに関係する事はこの施設では何も出来ないわよ。ここはあくまで空港だからね。第一層に許可証関連の施設があるからそこに行ってみて」
女性は安全地帯の地図を取り出し、空港から施設までの大まかな道のりをペンでなぞってくれた。
「わぁ!見して見して!」
「はい、おチビちゃん。ところであなた達、兄弟?」
女性が差し出した地図を受け取るや否や、楽しそうに眺めるオヤピンを見て女性が聞いてくる。その質問に対して、オヤピンはすかさずこう返答した。
「オヤピンは勇者様のお供っスよ!これから悪の親玉を倒す為、師匠のところへ修行を申し込むところなんス!」
「ちょっ、オヤピン!」
「ワォ、それは大変!お師匠様、見つかるといいわね!」
女性はくすくすと笑いながら、真っ赤になった僕の顔を覗き込む。
「それじゃあ頑張ってね、スーパーヒーローさん!」
「ありがとうございます……」
インフォメーションセンターを後にした僕達は、地図に従って建物の中を進む。
「ちょっとぶっきらぼうだったけど親切な人で良かったっスね、勇者様!」
「オヤピンさぁ……僕の事を勇者様って呼ぶの、そろそろやめてくれないかな?」
「え、なんで?」
「なんでって、元々僕は勇者なんかじゃないし、何より恥ずかしすぎる!」
「え〜っ、じゃあなんて呼べばいいんスか?」
「それは普通に、ルカとか?」
「ルカ様?」
「様は付けなくていい」
「ちぇ〜っ、馴染みのある呼び方をいきなり変えるのって、気分的になんかこそばゆいんスよね〜」
ぶつぶつ文句を言いながら歩くオヤピンだったが、やがて自動販売機を見つけると勢いよく走り出し、こちらに向かって叫ぶ。
「ルカ!喉乾いたからジュース買って!」
「わ、分かった」
(こそばゆいんじゃなかったのか……?)
空港を出ると、送迎用のバスやタクシーを利用する人で溢れかえっていた。
「オヤピン、ちょっと確認していい?」
僕は歩道に設置してあるベンチに座り、地図を広げた。
見取り図によると、この建物は上から順に第一層から第三層とピラミッドのように積み重なっており、僕達のいる空港は第一層、目的地も同じく第一層の位置にある。地図上では縮尺されているため離れているようには見えないが、実際はとてつもなく巨大な建物だ。一体、どのくらいの距離を歩けばいいのだろう。
「君達、どこ行くの?」
広げていた地図の上に人型のシルエットがヌッと映り、思わず頭を上げる。黒いスーツにサングラスをかけたビジネスマン風の男がこちらを覗き込んでいる。
「ここ行きたいの?」
「ええ、そうですけど」
「子供の足じゃあ結構大変な距離だ。よかったら乗せてってやろうか?」
そう言って男の指差した先に目をやると、高級そうな黒いバンが一台止まっている。
「そんなに警戒しなくていい。ほれ、正規のタクシー会社だよ」
男はスーツのポケットから名刺を取り出し、見せつけてくる。
「ルカ、乗ろうよ!タクシーなら迷う事ないっスよ!」
「うーん、でもなぁ……」
なんだか怪しい。見ず知らずの人間に、ここまでフレンドリーに話しかけてくるものだろうか。東京にいた頃はそんな事は無かったが……などと迷っているうちに、男は勝手に僕達の荷物を持ってトランクに運び込もうとしている。
「早くしないと置いてかれちゃうっスよ?ルカ、もっと人を信じようよ!」
確かに、オヤピンの言う事も一理ある。この先、会う人全てに疑いの目を向けていてもしょうがないし、ディエゴさんも楽しむくらいの気持ちで頑張れ、と言っていた。僕は、見知らぬ土地と慣れない行動で、少し心の余裕が無くなっていたのかも知れない。
「そうだな!乗って行こう!」
ブーーーーーン
「…………」
「ホントに置いてかれちゃったっスね」
「オヤピン……荷物は?」
「リュック以外、持ってかれちゃった。ルカの荷物は?」
「トランクの中」
「て事は……」
「「盗まれたぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
確かに、あの男からはギャンのような胡散臭さは感じていた。警戒はしていたのだ。しかし、まさか、自分の"荷物"を狙われているとは思っていなかった。
僕は『安全地帯』という名前に囚われて、どの地域でも勝手に同じようなシステムが働いていると思い込んでいた。しかし、実際は全く違う。LCAの空にはドローンなど一機も飛んでいない。警備兵もあくまで徘徊者の為のもの。
ここは、東京のような監視社会などではなかったのだ!
「ハッハー!!自由の大陸へようこそ!!」
走り去るバンの窓から顔を出した男は、そう叫びながら遠ざかって行った。




