第29話 GO!
第2章、始まります!
空港のロビーは、ざわざわと大勢の人々で賑わっている。目に入る誰もが一目見ただけでそれなりの裕福な人物だという事が想像出来るような、身なりの整った人達ばかりだ。そして、その真っ只中に僕達は呆然と立ち尽くしていた。
というのも、サイコさんと別れた翌日、僕達はディエゴさんからこう告げられたからだ。
「目的地はアメリカ西海岸、ロサンゼルスという地域のようですね。ここ東京からおよそ9000キロ、実に地球を半周するほどの大移動となります」
「そんなに遠い所へ!?」
「私もサイコさんに問いただしたんですがね。"行けば分かる"の一点張りで、詳しい事は何も聞けずじまいだったのですよ」
嫌な予感が的中しない事を祈るばかりだが、どちらにしろ向かうしかない。それに9000キロというとてつもない移動距離のせいか、少しだけ好奇心が湧き上がって来ているのもまた事実だった。
「ちなみに出発の日程は明日です」
「えぇ!?」
「全く、自身のフットワークの軽さを基準にしないでもらいたいものだ。これじゃ街の案内も出来たもんじゃない」
「色々教えてもらいたかったのに残念です……」
というわけで、僕とオヤピンは旅の支度も充分に出来ぬまま、そそくさと空港へ赴いたのだった。建物の彼方まで広がる真っ白で開放的な光景は、かつて見た街を隔てる壁の内部を思い起こさせる。ディエゴさんの姿を見失わないように注意しながら束の間の物見遊山を楽しんでいると、急に足を止めてディエゴさんはこう言った。
「名残惜しいですが、私が付いていけるのはここまでです」
目線の先には、両脇に警備兵を携えた巨大なゲートの姿があった。どうやらここから先は特別外出許可証を所持している者でないと通行出来ない仕組みになっているようだ。
鞄の紐を握りしめる。
これは昨晩、旅の支度などした事も無い僕達のためにディエゴさんが用意してくれたものだ。
「ボス爺は一緒に行けないの?」
はぐれないように僕と手を繋いでいたオヤピンがつぶやく。
「残念ながら私のグレードでは街の外への移動は禁止されています。店をいつまでも空けておくわけにもいきませんし。意外とあの界隈では結構な人気店なんですよ?
さぁ、早く搭乗口へ。時間は待ってくれませんよ!」
ディエゴさんは後ろへ回り込み、僕達の背中をぐいぐいと前方へ押し込む。
「ち、ちょっとボス爺!お別れの挨拶くらいゆっくりさせてよ!」
そう言うと、オヤピンは振り向きざまにディエゴさんの懐に抱きついた。一瞬びっくりしたような様子のディエゴさんだったが、いつの間にかその手はオヤピンを抱擁し、優しく頭を撫でていた。
「行ってくるね、ボス爺」
「ディエゴさん、行ってきます」
僕はディエゴさんに歩み寄り、手を差し出した。
「さようなら。二人とも、どうかお身体に気をつけて」
ディエゴさんはオヤピンのおでこに軽くキスをし、僕と握手を交わした。
「おっと、二人に一つ言い忘れていた事が。外の世界では、むやみやたらと『不老不死の定義』という言葉は使わない方が良いかもしれません」
「??」
「『定義』の呼び方も地域によって様々ですからね。サイコさんや科学者達の間では普通に使われている名称ですが、一般人にとっては聞き慣れない科学の専門用語のようなものなので。分かる人が聞けば、あらぬ誤解や疑いをかけられるとも限りません」
「そうなんですね。気をつけます」
「短い間でしたが、本当に息子と娘が出来たような気分を味わわせてもらいましたよ。アメリカへの旅、楽しむくらいの気持ちで頑張って下さい」
「「はい!!」」
別れの挨拶をし、ゲートを通過した後にも関わらず、なおも手を振り続けるオヤピンに少し困ったようにディエゴさんは笑っている。"早く行きなさい"というような口ぶりと仕草から、別れを惜しんでいる時間もそう残されていない事が分かった。
「ゲートを通過したお客様は、チェックインカウンターへどうぞ」
ゲート付近にいた職員がにこにこしながらこちらへ近づいて来た。彼が差し出す手の方向には例のチェックインカウンターと思われる機械があり、その前には許可証を手にした他の客がまばらに並んでいる。
"お世話になりました"
後ろを振り返り、ゲートの外に立つディエゴさんに向かって改めて二人でお辞儀をした。優しい笑顔で手を振るその姿をしっかりとその目に焼き付け、僕達はチェックインカウンターへ向かった。いよいよディエゴさんの姿は見えなくなった。
チェックインカウンターの前に立ち、機械音声に従って許可証を差し込む。何秒も経たないうちに許可証が吐き出され、同時にチケットが発券される。それからは職員の指示に従って荷物の預け入れと保安検査場を通過、あっという間に搭乗ゲートへと向かう事が出来た。大凶区へのゲートをくぐる際もそうだったが、きっとこれも許可証の効力のおかげなのだろう。
機内に入ると、一瞬、こちらに向けて視線が集まる。それもそのはず、周りの乗客からすれば、最高級ホテルにぱっとしない身なりの子供がいきなり現れたようなものだ。
居心地の悪さを感じながらも僕は座席に座り、汗ばんだ身体をエアコンの風で冷やしながら隣に座ったオヤピンの様子を見る。すると時折、周りを見回しながらそわそわと膝を叩く仕草を見せ始めた。
「オヤピン、もしかして緊張してる?」
「ぜーんぜん!早く飛ばないかなーって思ってただけっス!」
やがて飛行機は滑走路へ向けてゆっくりと動き出し、それに合わせて機内もゴトゴトと揺れだす。
「勇者様も退屈なんスか?」
「えっ?」
そう言われて僕の膝に目を落とすと、小刻みにカタカタと震えている。どうやら無意識のうちに緊張していたのは僕の方だったようだ。
「まさか!それがかの有名な『武者震い』ってヤツっスね!さっすが勇者様、これから始まる大冒険が待ちきれないんスね!」
「ま、まぁね……」
そう強がりながらも、自分の笑顔が引きつっているのが分かる。きっと、水鏡の記憶には本人の体感した記憶は含まれていないのか、あるいは水鏡自身が飛行機という乗り物に全くの耐性が無かったかのどちらかに違いない。どちらにせよ、生まれて初めて乗る乗り物が飛行機になる人間はそういないだろう。などと、とりとめのない考えが震える脚のリズムに合わせてぐるぐる回る。
「勇者様、街が見えるよ!ボス爺のお店はどこらへんかな?」
「へっ?」
オヤピンに肩を叩かれて我に返り、座席から身を乗り出して窓の外を見てみる。
「これが、東京の街……」
窓から見える風景は、まさに街全体を見下ろせるほどのものだった。円を描くように配置された高い壁、その中を埋め尽くすように建ち並ぶ高層ビル群、そして中央にそびえる『砂時計』。
どうやら僕達がいた空港内部は壁そのものの内側に建設されていた施設で、滑走路も壁と同じ高度までせり上げられた作りになっていたようだ。ここからほぼ真逆、はるか遠方からも飛行機が離陸する姿が微かに見える。
「さようなら、ディエゴさん。必ず帰ってきます……ぅぁぁぁぁぁぁ!?」
突然、機体が一気に加速を始めたせいで、バランスを崩した僕の顔は見事にオヤピンのパーカーの中に飲み込まれてしまった。
「よーし、レッツゴー!!」
(飛行機って、怖い!)
かくして僕達は東京を離れ、かつてのアメリカ合衆国、『LCA』へと向かうのだった。




