第27話 『PANGAEA』
『永劫計画』
"一国につき数箇所、世界の主要都市に限定的な安全地帯を構築し、そこを拠点として継続的な地球規模の復興を成し遂げる事を目標とする"
この計画は感染戦争の壊滅的被害による人類史の衰退を防ぐため、同時に深刻化極まる環境汚染の浄化を目的とする、世界同時多発的に展開された復興案である。
当時を振り返ってみても、誰もが思う戦争という概念を根本から覆される出来事の連続だったように思う。
人を人ならざるものに押し上げるバイトウィルスの特性は、言うなれば感染者全てが国を滅ぼす力を得たようなものだった。
ある日突然、隣人が街一つ消し去るような力を獲得し、翌日には自らがその隣人を消し去る力を得る。虐げられていた者達は途端に支配者へ牙を剥き、人道を外れた者、そして善の道を謳う者達も諸共に、己の欲望のままその力を振るう。
感染戦争とはつまり、そのような概念が地球規模で起こった出来事だったのだ。
国旗も地理も思い出すのに苦労するような途上国が大国相手に互角の力を示した時は、脅威を感じると共に妙な爽快感があったのを未だに覚えている。
「全ては水泡に帰す、か」
旧日本国、東京自治区。
その中央にそびえ立つ『国民管制局』、最上階の一室で呟く。国という概念が機能しなくなった現代においてもなおその名称なのは、戦後の混乱期の中にあっても辛うじて保たれていた当時の世界秩序の名残だ。
"バイトウィルスによる全球感染"との報告が私の耳に入ってきたのはいつ頃だっただろうか。今となっては詳しく覚えていないが、全身の力が抜け、酷く落胆した事だけは体感としてはっきり記憶している。
ある日突然、空気中に拡散していたバイトウィルスが変異し、土壌に浸透。その中で人間の脳内と同じように更なる変異を起こし、その影響で地球全体に様々な異常事態を及ぼしているーー
というのが現時点での学者達の見解らしい。
人間の脳にのみ感染するという今までの通例、更に動植物を飛び越えて地球そのものに感染するという事態に、真実を知った者達は逃げ場の無い恐怖に未だ怯えている。
かくいう私もその内の一人だが、永劫計画の責任者としてこの街の安寧を保って来た身としては、恐怖感よりも虚無感の方が遥かに上回っている。
「物思いにふけっているところ申し訳ないんですがね、局長さん。次は一体、何を仕入れたらいいんで?」
そう言いながら来客用のソファに座る彼は、天井に設置された空調めがけてタバコの煙を吐き出す。ツンと鼻を刺激する煙の臭いに咳込みそうになるのを堪え、私はデスク越しに彼を見る。
乾いた土のこびり付いた靴、コートのフード部分に紛れ込んだ小さな枯葉。全てが人工物で満ちているこの無機質な部屋に、彼はいつも"外"を連れてやって来る。生活の全てをこの建物の中で営んでいる私にとって数少ない外界との繋がり、その一つだと言ってもいい。
「引き続き、行方不明中の水鏡キョウスケの居場所をなんとか突き止めて貰いたい。
"抗ウィルス剤"の生成が急務である今、彼の頭脳と技術を欠いては既存のスタッフだけではおよそ実現不可能だと言ってもいい。現在も組織の連中が総出で取り掛かっているが、解決の糸口がまるで見えん」
「ふぅ……人探しは本業じゃないんだけどなぁ。何かしらのアテがあったら提供願いたいんですがね」
「私とは全くの畑違いの人間だからね。もしかしたら、などという推測すら出来んのが現状だ。失踪する直前のデータだけでなんとか頼むよ。
ところで、君が今受け持っている全ての仕事よりもこちらを優先して欲しい、と言ったらどうする?」
「いつの世も、科学者だの研究者だのって生き物はコソコソ隠れるのが上手な生き物ですからね。とりあえず、追加でこのくらい頂きましょうか」
彼は掌を私に向け、『ごじゅう』と口を動かした。
「よろしい、契約成立だ。しかし君も逞しいな。地球崩壊の危機に直面しているというのに、相変わらず金を望むとは」
彼は立ち上がり、コートに付いた土埃を払いながらこう言った。
「局長さんさぁ、水鏡って奴を見つければ地球を救う薬が作れるんだろ?ほんの少しでも生き残る可能性があるんなら、俺はこれっぽっちも死ぬつもりは無いんでね」
「そうか……私は心のどこかで既に諦めていたようだ。見習わねばな。
成功報酬はいくらか上乗せさせて貰うよ。ギャン君」
「そりゃあ良い!一番やる気の出る言葉だ。そんじゃちょっくら、世紀の大犯罪者を救世主にするべく頑張ってみましょうかね」
僅かに残った外の香りを置き土産にして、彼は出て行った。床に落としていった枯葉を手に取ってデスクに置き、しばらくそれを眺めていると、ふと思い出す。
あの情報屋によると、どうやら自治区の住人達はこの建物の事を外観になぞらえて『砂時計』などと呼んでいるらしい。
「所詮、不完全な進化を遂げたところで地球という容れ物から抜け出す事は出来ない。我々が"人類"である限り、あの砂と同じく無意味な時を刻む運命からは抜け出せないのだな」
世界を混沌に陥れた張本人に地球を救うための特効薬を作らせるなど、滑稽な話だ。
しかし、ワクチン製造メーカーとしての側面も持っていた水鏡製薬のトップたる彼の専門技術を用いれば、抗ウィルス剤生成に向けた動きが急速に改善するのは間違いない。
大戦による人的被害と研究データの消失は未だ深刻と言わざるを得ない状況であり、加えて不老不死の実現という責務を歪ながら全うした組織の存在理由をお役御免と考え、敵対する輩も少なからず湧いてきている。
地球崩壊の危機を回避するのはもちろん、再び組織の威光を人類に示すためにも、抗ウィルス剤の生成は我々の手で遂行させなければならないのだ。
「バイトウィルスによる不老不死の実現。永劫計画によって選別された人民の隔離と、間接的に発生した不適合者達の間引き。
全球感染というイレギュラーな事態は発生したが、この試練を乗り越えた暁には何物にも犯されない、真の平和が訪れるのだ。
『PANGAEA』の追い求める、真の平和が」




