第25話 侵入者
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半ば強引にだが……
水鏡を見つける旅に同行する事になった"犬と猫、両方の性質を持つ変異の力を持つ少女"、オヤピン。楽観的、そして飄々とした態度とは裏腹に彼女の能力の使い方には眼を見張るものがあった。
犬の嗅覚と猫の聴力、その両方をもって徘徊者の位置を正確に把握し、余計な戦闘が発生しないように僕達を最善な迂回路へと導いてくれる。
その優れた索敵能力を遺憾なく発揮してくれたおかげで、なんと一度も敵に出くわす事なく僕達は安全地帯へ辿り着く事が出来た。
「アタシも犬の相棒が欲しくなってきたわ……」
このような事実を目の当たりにしては、さすがのサイコさんでさえも舌を巻くしかなかった。
色々な事が立て続けに起こったせいか、視界いっぱいに広がる巨大な壁がどこか懐かしいとさえ感じる。思い返してみても、テンテットを出た朝から今までが、たった一晩の出来事だったとは到底思えない。
「そこの四人、そこで止まりなさい」
銃を持った複数の警備兵がこちらに近づく。
「これより先は東京自治区。特別外出許可証を所持している者、または検査室において許可証を発行して頂ける者でなければ街の中へは入れません。両手を上げて待機して下さい」
言われた通りに両手を上げると、警備兵は探知機のような物をこちらに向けながら、僕達の頭からつま先をなぞるように周囲を回る。
「あっ!!」
という叫び声が聞こえそうなほどに、サイコさんは血相を変えてディエゴさんの方を向いて耳打ちする。
(そういえば、許可証の件は結局どーすんだよ!?不正がバレたら……)
(お言葉ですが、私は不正などしておりませんよ?不正をしたのはむしろ……)
(誰だってんだよ?)
(まぁ見ていなさい)
探知機がディエゴさんに向けられる。
「……大変失礼致しました。通行資格が認められましたので検査室へお進みください」
「!!?」
僕とサイコさんが顔を見合わせて驚く様を置いてけぼりにして、ディエゴさんは涼しい顔で検査室へと向かう。
「ディエゴさん、もしかして特別外出許可証を発行したんですか!?」
「まさか。この老いぼれにそんな蓄えはありませんよ」
そう言ってディエゴさんがスーツケースの中から取り出したものは、一枚の書状と真っ白なカードだった。
「これは自治区内における犯罪行為を告発、防止に協力した者にのみ送られる許可証、通称"タレコミカード"です。これは特別外出許可証と同じ効力を向こう一年間のみ持つ事が出来る期限付きの許可証です。
ふふふ、セキュリトピアの内部も随分と腐敗が進んでしまっていたようですねぇ」
その組織の人間がひしめいているゲート内のど真ん中で、ディエゴさんは皮肉めいた笑みを浮かべる。
どうやらディエゴさんはセキュリトピア内の不正行為を告発し、その見返りとして期限付きの許可証を発行してもらった事でグレードの問題を解決していたようだ。
「タレコミカードで対策していたとは恐れ入りました、ディエゴ刑事。しかし、こうもタイミング良く捕まる奴がいたなんて運が良いもんだなぁ?」
珍しくディエゴさんを褒めるサイコさんだが、その疑問をまるで予測していたかのように皮肉の笑みをサイコさんに移して、ディエゴさんはこう言った。
「確信はありましたからね。不正を働いていたのは他ならぬここの総括隊長、トウザン氏でしたから」
「あのハゲが!?」
なんとセキュリトピア内で不正行為をしていたのは、ここ西側ゲートの総括隊長、トウザンだったのだ。
ディエゴさんが言うには、彼はこのゲートを使用する"お得意様"達から貰うチップのみでは飽き足らず、あろうことか許可証の更新費を水増しして差額をだまし取っていたというのだ。
「これから芋づる式に共謀犯が捕まっていくでしょうね。徹底した管理社会の裏をつくには単独犯では不可能でしょうから」
「会社ぐるみで住民の資産を吸い上げてたってのか!よし、今からあのハゲ頭ぶん殴ってくる!!」
「彼はもう連行されたと思いますよ?速やかにタレコミカードを発行して貰ったのが、セキュリトピアと警察が裏で繋がっていない事を証明しています」
「チッ……んのヤロウ、覚えてろよ……!!」
サイコさんの怒りが収まらないのも当然だろう。更新費の水増しが発覚したとはいえ、今はゲートを通過出来なければテンテットには戻れない。全員でテンテットに戻るには、オヤピンの許可証を発行するための莫大な費用を再び支払わなければならないのだ。
「お待たせ致しました。伏見様、ボステッソ様、ルカ様の許可証の照合が終了しましたのでお返しします。そちらの方、許可証の発行とグレードはどのように致しますか?」
「特別外出許可証で。支払いはアタシでお願いね」
「かしこまりました。それでは簡単な適性検査を受けて頂きますのでこちらへどうぞ」
「ほれ、あともう一踏ん張りで到着だから行ってこい、犬猫娘!」
「ふぁっ?あ、は〜〜い……」
ゲートまでの道中、変異の力をフル活用したおかげでヘトヘトになっていたオヤピンは覚束ない足取りで奥の部屋へ消えていった。
「サイコさん、二日間で10億円失う気持ちってどんな感じなんですか?」
「んー?まぁ、カジノでやらかした時に比べれば、別にどうって事ないよね!」
「…………」
一体、この人は組織からどれほどの報酬を受け取り、散財してきたのだろうか?
僕には恐ろしくて聞く事が出来なかった。
"恐ろしくて聞く事が出来ない"という事はつまり、脳内で機能している水鏡の金銭感覚が今の世の中においてもはや通用しないものなのではないか、という不安にも繋がる。
サイコさんがトウザンに向けた怒りは、あくまでも横領、着服されたという事実のみであり、金額など二の次でしかないのだろうか。
「お〜〜い!許可証、あったよ〜〜!」
これからの旅に一抹の不安を覚えながらオヤピンを待っていると、例の許可証を手にご機嫌な様子でこちらに戻って来た。それを見るなりサイコさんはコツンとオヤピンのおでこにデコピンをお見舞いして訂正する。
「あったよ、じゃないでしょ。発行させて頂きました、でしょ」
「うぅ〜〜、違う、違う!
オヤピン、持ってたんス!クワトロのくれたリュックの中に、この黒いカードが入ってたみたいなんス!!」
「「「……えぇっっ!!?」」」
一同騒然でオヤピンを取り囲み、許可証に記載されている名前を確認する。
「ベ……"ベランジェール"……??」
『ベランジェール・クリュゼ』
オヤピンの持つ許可証の名前欄には、確かにそう書かれてあった。
「ベランジェールってのは、こうなる前のオヤピンの本名っス。濁音だらけで可愛くないから、あんまり気に入ってないんスけどね」
オヤピンは、はにかみながらぽりぽりと頭を掻く。それを見た僕とディエゴさんは顔を見合わせた。
おそらくオヤピンの家族は壁の内側、この東京自治区のどこかに住んでいる(あるいは住んでいた)。更に、5億円という高額な許可証を発行出来るあたり、かなり裕福な家庭であった事も想像出来る。
そして、ベランジェールという名は彼女がバイトウィルスによって変異する前、つまり幼少期の頃、ごく普通の子供として家族と生活していた頃の名前だという。
"この世界において『変異・変質』の能力者は、理不尽な差別の対象ですから"
ディエゴさんの一言が頭によぎる。
高額な許可証を持たせたのは、両親のせめてもの贖罪のつもりだったのか、それは分からない。しかし彼女がベランジェールという名前を捨てた今、むやみに詮索する必要は無い、と僕は思った。
ディエゴさんも小さく頷き、オヤピンの許可証を見て、
「ほほう、それはそれは……」
などと当たり障りの無い表現に留めた。
が。
「なーんだ、あんた元はここの住人だったんじゃん!さては変異の力にビビった親にダンボールにでも入れられて捨てられたか?犬だけに!いや、猫か?」
「……ふんっ!!」
「痛ったぁぁぁぁ!!!!脛を蹴んなよ、脛を!てゆーかあんた、アタシばっかり扱いが雑じゃない!?」
「サイコさんがいちいち人の心をえぐるような事、言うからでしょうが!!」
デリカシーのかけらも持ってないのか、この人は!
しゃがみ込んで呻くサイコさんを尻目に、僕はすっかり縮こまってしまったオヤピンの頭を軽く撫でる。
「オヤピン、この人の言う事は気にしなくていいから。さぁ行こう」
「えへへ……勇者様、ありがとう」
彼女の知られたくない過去を垣間見る事態にはなったが、結果的には全員が大手を振ってテンテットに戻る事が出来るのだ。
照合を終えた許可証を受け取り、ようやく僕達は街中へ続くゲートをくぐった。
「うわぁ……!綺麗な街並みっスね!!」
舗装された道路を埋め尽くす車、飛び交うドローン、途切れる事のない人の群れ。照りつける太陽光を浴びてキラキラと輝く高層ビル。
荒れ果てた大凶区の街並みを思い出すと、とても同じ国、大袈裟に言えば同じ星の光景とは思えない。
だが事実として、繁栄と滅亡、過去に人々の思い描いた未来の姿が、この東京にはどちらも存在しているのだ。
僕は物見遊山に勤しむオヤピンの手を取り、急いでサイコさん達を追う。ボロボロの衣服で歩く集団を見る目は言うまでもなく悪目立ち、これ以上面倒事に巻き込まれたくないというのは前を歩く二人も同じようだ。
「到、着ゥ……
あ〜〜〜〜、疲れた。ディエゴ君、最高級の酒と肴を用意してくれたまえぇ……」
テンテットに着くなり、サイコさんはよろよろとソファに沈み込む。と思ったらそのまま、顔を突っ伏して眠ってしまったようだ。顔とソファの間から漏れるいびきの音が微かに聞こえる。
「やれやれ、緊張の糸が切れてしまいましたか。ルカ君、ブーツを脱がすのを手伝ってもらえますか?」
「分かりました。
そういえばディエゴさん、店の鍵かけるの忘れてましたよ?サイコさんが合鍵を持っていたから代わりに戸締りしてましたけど」
「……あり得ません。ルカ君が二階に行った後、しっかりと私が施錠しました。告発の申請に向かったのは裏口からですし、意味も無くサイコさんが店側の出入り口を再び開けるとも思えません」
「じゃあ、誰が?」
「ゔゔゔゔぅぅぅぅ……!!」
背後から唸り声が聞こえる。
オヤピンだ。オヤピンが毛を逆立てて何かに威嚇するように唸り声を上げている。
「二人とも気をつけて!あの奥の方、誰かいる!すっごく嫌な臭い!!」
掌が床に着きそうなほど腕をだらりと下げ、目一杯眉間にシワを寄せて一点を見つめている。その先は厨房だ。ディエゴさんも気づいていた様子は全く無い。厨房にいる何かから漂う僅かな臭気を、オヤピンの鼻だけが嗅ぎ取ったのだ。
「そこにいる者、両手を上げて出て来なさい。3秒以内に従わなければ即座に発砲します」
しばしの沈黙の後、ディエゴさんが拳銃の引き金を引く前にそいつは現れた。
「こりゃ完璧に見つかっちまってるみたいだね。撃たないで下さいよ、出て来たんだからさ」
厨房からのそりと出て来たのは、黒いコートを着た小柄な人物だった。目深に被ったフードのせいで顔はよく見えないが、声色からして男性だろう。
「お嬢ちゃん、あんた随分鼻がきくんだねぇ。おじさんドキッとしたよ」
そう言いながら男は勢いよくフードを取った。
短く刈り上げた白髪交じりの黒髪に、長らく手入れされていないと思えるような無精髭。若干釣り目気味の二重瞼からは、なんとも薄気味悪いような、胡散臭いような印象を感じる。
一言で言えば『苦手な顔』だ。
男はくしゃくしゃに潰れたタバコの箱を取り出し、火を点けて吸うのかと思いきやそれを僕達に見せつけてこう言った。
「あんた達、このタバコ吸ってる女の人に会った事あるかい?ちょっと探しててね」
僕はその箱に見覚えがあった。
なぜならそれは、サイコさんの吸っているタバコの銘柄と全く同じ物だったからだ。




