第24話 フリークショー
諸事情により、およそ2ヶ月ぶりの投稿となりました。更新が滞ってしまい本当に申し訳ありません。
出来る限り更新のペースを元に戻そうと思っておりますので、よろしくお願いします。
「はぐはぐはぐはぐもぐもぐもぐもぐ……」
「んぐっ、んぐっ……ぷは〜〜〜〜っ!!」
「あぁぃええぇぇぇぇぇぇぇ……」
「あんたら……くつろぎ過ぎっスよ!!」
オヤピンの自宅にたどり着いた僕達は、まさに豪遊の限りを尽くしていた。
オフィスビルにある大会議室のような場所が彼女の生活スペースになっているようで、大凶区民によって集められた様々な戦利品達で一面埋め尽くされている。自宅と呼ぶには程遠い、まるで現代版の盗賊のアジトのようなこの部屋の中で、オヤピンは日々を過ごしていたようだ。
保存してあった様々な高級食材を僕は貪り、サイコさんは一般人では手が届かないほどの高価な酒を手当たり次第に煽る。マッサージチェアーに身を任せたディエゴさんはというと、声と身体をぶるぶると震わせながら至福の表情を浮かべている。
ビルの中にはシャワールームまでもが完備されており、それを見つけた時はサイコさんと手を取り合って喜んだ。汚れた衣服は替えが無いので仕方ないが、身体にこびりついた生ゴミ臭を落とせるだけでも有り難かった。
「お嬢様、まもなく区民の集合が完了します。ビクトリアウォッチタワーの設置も済ませておりますので、準備出来次第、移動をお願いします」
「おう、クワトロ。ごくろーごくろー」
オヤピンがクワトロと呼ぶその人物は、例の幹部の一人なのだという。
物腰の柔らかなその雰囲気からは先日の大凶区民のような凶暴性や粗暴さなどは感じられず、"腕が四本ある"という点を除いては外見も一般人とさほど変わらない。
彼はオヤピンの使用人という位置づけらしく、彼女の身の回りの世話から建物の管理、果ては区民への連絡役までもを一手に任せられているらしい。
あのマッサージチェアーは彼の使用している物なのだろう。痩せこけた頰やどこか事務的なその態度は、オヤピンによって日常的に肉体を酷使され続けている疲れからなのかも、と勘ぐってしまうほどだ。
「見たところ海外の方の様には見えませんが、クワトロというのは本名なのですか?」
マッサージチェアーのスイッチを切って、ディエゴさんは彼に聞いた。
「まさか。クワトロというのは、いわば"あだ名"みたいなものです。
私のみならず、ここの住民は区長であるお嬢様のお考えになった名前を名乗るのが決まりなのです」
「なるほど。腕が四本あるから、それでクワトロ(4)と?」
「おそらく。お嬢様が私共に命名なさる時は、とにかく外見からイメージしてお考えになるようです」
会議室の奥でなにやら支度をし始めるオヤピンの姿を、四本腕の男性は急かす事なく温かい眼差しで見つめる。
「しっかしあの目ん玉ヤローといい、ここの連中は揃いも揃ってたった一人のガキンチョにおんぶに抱っこで恥ずかしくないのかね〜。そこんとこどう思ってんのよ?川藤さんよ」
窓際に八本目の空ビンを並べ終えたサイコさんが、クワトロに向かってくだを巻き始める。
「川藤ではなくクワトロです。あなたの指摘は尤もですが、それには理由もあります。
当時、訳の分からぬまま外に放り出された区民達にとって、お嬢様の存在は大きな助けになったのです。
生きる目的を持っていなかった彼らと違って、お嬢様には"この街を守り、いつの日か現れる勇者を導く"という確固たる目的があった。それが彼らにはたまらなく羨ましく、眩しく見えたのでしょう。誰が言うでもなく、次第に彼らはお嬢様に付き従う様になりました。
計らずもお嬢様は彼らに"街を守る"という役割を、生きる目的を見出させたのです」
大凶区の住民達と、僕の境遇はどこか似ている。
訳の分からぬまま外に放り出され、途方に暮れていた僕の前に差し出された救いの手。
きっと、彼らもこう思ったはずだろう。
"彼女に着いていけば、自分の生きる道を正しく指し示してくれるのではないだろうか?"
たとえ言われるがまま、なされるがままだろうとすがりつき、付き従いたくなる区民の気持ちが僕には分かる様な気がした。
一つだけ決定的に違うのは、依存や他力本願というものをサイコさんは断固として許さなかった、という点だけだ。
「おまたせーっ!さぁさぁ、勇者様とお供たちも一緒に着いて来るっスよ!特別会議の開始っス!」
どこをどう準備したのか分からないが、どうやらオヤピンの支度が完了したらしい。更にここにいる僕達全員も、なぜか特別会議とやらに参加させるつもりのようだ。半ば強引に会議室から連れ出されてビルの外へ出る。
ビルの目の前には彼らの言う"ビクトリアウォッチタワー"、悪趣味な装飾が施された例の物見櫓が鎮座していた。こちらは高さもサイズも、僕が見たものと比べてふた回りほど大きな作りになっている。
クワトロに促されて梯子状の階段を登り、頂上から辺りを見回す。
「うわぁ……」
異形、異形、異形。
眼前に広がる三車線の大通りには、それを埋め尽くすほどの大凶区民達でひしめき合っていた。
人の形をかろうじて保っている者もいれば、そうでない者もいる。もの凄くリアリティとディテールにこだわって作られた着ぐるみやマスコットがひとところにぶちまけられたような、そんな異様な光景だった。
「こんだけの命を救ったら、アイツみてーな人間もそりゃ崇められるわけだ」
異形達の奇声や唸り声が響く中、横に立つサイコさんも物見櫓から身を乗り出してそれを眺める。
『ものども、ちゅうも〜〜〜〜く!!!!』
「「!!!!」」
物見櫓の中央に立ったオヤピンがメガホンに向かって叫ぶと、異形達の動きがピタリと止まった(櫓に直接括り付けられたメガホンも、通常の物より遥かに大きいサイズだ)。
『これより、特別区民会議を始める!!これは大凶区の未来がかかった、極めて重要な内容である!!区民一人一人が一言一句たりとも聞き漏らさないよう、細心の注意を払って聞くように!!』
「「おオオオおお〜〜!!!!」」
物見櫓がビリビリと震える。
オヤピンはパーカーのポケットから小さな紙切れを取り出し、それを読みだした。
『えー、ゴホン。
本日、午後十二時をもってオヤピンは大凶区の区長を辞めます!!』
「「……は?」」
『いや、だから、オヤピン今日いっぱいで大凶区の区長辞めるから!よろしく!!』
「「ええぇぇええ〜〜!!?」」
オヤピンは紙切れをくしゃくしゃと丸めると、僕達を区民の見える位置まで移動するように促す。
『ここにおわすは、世界を救うべく立ち上がった勇者様とその一行である!!オヤピンは世界の巨悪を討ち亡ぼす過酷な旅に、勇者様の右腕となって同行する決意を固めたんス!』
大凶区民は呆気にとられている。
僕達も呆気にとられている。
クワトロも呆気にとられている。
「お、お嬢様!それは一体どういう事ですか!?」
詰め寄るクワトロを尻目にオヤピンは続ける。
『しかし区民達よ、安心するがいい!今までオヤピンに貢献してくれた皆を見捨てるほど、オヤピンは薄情な区長じゃないっス!!この大凶区をより良く、住み良い街にしてくれる人間を一人だけ知ってるんス!!』
ぐいっ、とネクタイを引っ張り、中央に立たせる。
『さぁものども、"クワトロ区長"の誕生を祝うっス!!』
「クワトロ、さん……?」
「クワトロさんって、いつも街の整備や俺達の世話をしてくれてるあのクワトロさんだよな?」
「そっか、次の区長はクワトロさんかぁ!!」
「クワトロさんなら安心だ!」
「クワトロ区長!応援するぜーーっ!!」
「「クッワトロ!!クッワトロ!!クッワトロ!!」」
当の本人は突然の任命に現実を受け入れられていない様子で、貧血にでもなったかのようにゆらゆらと揺れている。
『今日をもってオヤピンはこの街からいなくなるけど、みんなその悲しみを乗り越えて一生懸め……』
「「クッワトロ!!クッワトロ!!」」
『後ろ髪を引かれる思いでこの街を出て……』
「「クッワトロ!!クッワトロ!!」」
『聞けっつ〜の!!』
感慨深げに語るオヤピンの演説は声援に虚しくかき消され、任命式は終了した。
どこか納得のいかないような表情のオヤピンが後方に退くと、やがて区民の期待を込めた視線がクワトロに突き刺さる。
新たな区長は、胸の前で手のひらを四つ重ねてゆっくりと深呼吸する。そして何かを決意したかのような表情でオヤピンの手を優しく掴み、再び中央に立つよう促す。
「お嬢様……どうぞこちらに」
「??」
皆がクワトロ区長の新任挨拶を聞き漏らすまいと耳を傾ける中、何を思ったのか彼はおもむろにスーツの上着とスラックスのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
それは、一つの手に二つずつ握られた、計八個のカラフルなボールだった。
『っっは!!』
クワトロは掛け声をあげると、四本の腕でそのボールをジャグリングのように器用に放り投げ始めた。
「「おおおぉぉぉ!!」」
綺麗な円を描くようにくるくるとボールを操るクワトロの姿に、区民達はすっかり見惚れてしまっている。
『ショーチーム、お願いします!!』
合図を聞きつけたらしい数人の異形が群衆を掻き分けて櫓の前に集合し始める。
すると、なんとも軽快なリズムが辺りに響き始めた。ある者はガラクタで作られたドラムセットを打ち鳴らす。ある者は蛇腹状の腹部を上下させてアコーディオンのような音を響かせる。一人、また一人とショーチームのメンバーが集まるほどに音は混ざり合い、楽しげな音楽に変わってゆく。物見櫓の装飾と電飾に照らされて踊り狂うその姿は、まるで巨大なサーカス団だ。
『さぁ皆様、どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さい!!皆でオヤピン前区長の門出を盛大に祝おうではありませんか!!』
「うぉぉぉ〜〜!!!!」
「踊れ踊れ〜〜!!」
「オヤビン、今までありがとう〜〜!!」
「親分が帰って来るまで俺達、この街をちゃんと守るからな〜〜っ!!」
眼下の区民達は、クワトロを中心としたショーチームのパフォーマンスに身を任せて歌い踊り、オヤピンを讃え、祝う。
「みんな、ありがと……ありがとね!!」
困惑気味だったオヤピンの表情は、いつの間にか涙交じりの満面の笑顔に変わっていた。
まるでフィナーレと言わんばかりにボールを一際空高く投げ飛ばすと、クワトロはくるりと一回転してその全てをキャッチした。
「「わぁぁぁぁぁ……!!!!」」
割れんばかりの拍手と歓声が物見櫓を包み込む。歓喜の衝撃波を一身に受けながら、荒げた息を整えつつ歓声が止むのをクワトロは静かに待った。
『はぁ、ふぅ……このたび、前区長からこの街を纏めさせて頂く名誉を授かりました、クワトロと申します。まずはこの場を借りて一言だけ申し上げさせて頂きたい事がございます』
静けさを取り戻した区民達は、固唾を呑んで見守っている。
『私には、夢がある!!!!』
「「!!?」」
『私達は、この街を外部の脅威から守るため、一丸となって協力してきました。掃討部隊や徘徊者との望まぬ争いに心を痛める方々もいた事でしょう。
しかしこのたび、オヤピン前区長は勇者様を導くという悲願をめでたく達成なされた!
ならば、残された私達が次にすべきはただひとつ!いつの日かお嬢様がこの街に帰って来られた時、胸を張って迎え入れられるような素敵な街に作り変える事です!!』
「「作り……変える?」」
合点のいかない区民達は周りと顔を見合わせながら首を傾げている。
そして、クワトロはこう言い放った。
『人生を楽しむ上で大事なのは、何よりも娯楽です。私は、この大凶区を "世界最大のフリークショー"の街として生まれ変わらせたいのです!!』
「フリークショーの街!?」
「俺達に、サーカスの団員になれって?」
「しかし、そんな事して何になるんだ……?」
クワトロはメガホンに目一杯近づき、なおも困惑する区民に向けて叫ぶ。
『依然、私達のように外見を蝕まれた人間に向けられた世間の風当たりは非常に強いものがあります。『変異・変質』に晒される中で心無い人達と衝突した方も少なからずいる事でしょう。彼らは私達を恐れているのです。
"醜い化け物に人の心など残っていやしない。いつか必ず徘徊者に成り果て、自分達に襲いかかってくるのだ"と。
確かに他の能力と比べて徘徊者になり得るリスクは高い。しかしそれでも、自力で能力をコントロールし理性を保つ事の出来る人々も多数存在しているのは紛れも無い事実なのです。水鏡博士の技術が世界中に認知されれば、更にその数は増える!
図らずも徘徊者の巣窟、"大凶区"などと忌み嫌われてしまったこの街の現状を、私はなんとかして変えていきたい!この街でショーを開催し、楽しんで頂く事で、私達に向けられた差別や偏見の意識を少しでも払拭させたい!
私の考えに理解を示してくれたのはまだわずかですが、その夢を実現させるためにはあなた方一人一人の協力が必要不可欠なのです!!』
群衆から、すすり泣くような声が聞こえ始める。クワトロの演説を聞いていたオヤピンはその場にしゃがみ込み、うつむく。
「えへへ、クワトロがこんなにみんなの事を考えてくれてたなんて……オヤピン、みんなの気持ちとかこの街の未来の事なんて、これっぽっちも気にした事無かったよ」
「ろくに人生経験してない子供に意思決定させてたコイツらも相当なモンだとアタシは思うけどね。その中でアンタは自分なりに考えて行動してたんだろ?ま、これからはルカの世話をよろしく頼むわ!」
オヤピンの肩をポン、と叩き、サイコさんはディエゴさんを連れて梯子を降りていった。
「……お嬢様。区長という座についたからには、私なりに精一杯やらせて頂きますのでどうかご安心を。
しかしこのような事は事前に報告して頂きたい!私の小心ぶりはあなたもご存知でしょう?」
「だって、事前に報告してたら絶対断られるのオヤピン分かってたもん。クワトロみたいな人間は追い詰められないと力を発揮出来ないの、オヤピン知ってるもん!」
「全くもう……
とはいえ、今まで本当にお疲れ様でした。お嬢様」
いたずらっ子のように舌をぺろりと出して笑うオヤピンを見つめながら、クワトロはため息交じりで微笑む。そして僕に向かって姿勢を正し、真っ直ぐに見つめて言った。
「勇者様、あなた方がこれからどこへ向かうのかは存じあげませんが、お嬢様がそれに同行する事をどうかお許しください」
「オヤピンが自ら望んだ事ならば、僕としても付いてきてくれた方が有難いとは思います。でも、あなたからすれば彼女がここに留まってくれていた方が安心なのでは?」
「お嬢様の性格は私が一番良く知っている。こうと決めたら止まらんのですよ、あの子は」
「はは、オヤピンとはまだ短い間しか一緒にいないけど、分かるような気がします」
「それに……」
「それに?」
「いえ……お嬢様は"ゲームのキャラクターのように世界中を自由に旅してみたい"と常々おっしゃっておられましたので、それを思い出してしまって」
悶絶レベルとはいかないまでも、どうやらオヤピンも自らの夢をゲームに投影させていたようだ。
大盛況のうちにクワトロの新任式は幕を閉じ、僕達はさきほどの会議室へ戻った。
途中、僕はクワトロとこっそり密約を交わした。
クワトロは『オヤピンが戻って来るまでに、世界中の人々がこぞって楽しみに来られるようなフリークショーの街を作り上げること』
そして僕は、『完成したフリークショーをオヤピンが笑顔で見られるように、無事にここまで送り届けること』……
「お嬢様、これをお持ち下さい」
「なに、コレ?」
会議室に戻って一息ついていたオヤピンにクワトロが渡したのは、古びた小さなリュックサックだった。
「この先、旅の役に立ちそうな物をいくつか入れておきました。どうぞ肌身離さずお持ちになって下さいね」
「わーーい!ありがとう!お土産いっぱい買って戻ってくるからね!!」
「その日を楽しみにしております、本当に……」
太陽の位置は高く、ビル風が心地良い。
オフィスビルを後にした僕達は、再び2区を目指して歩き出す。
「爺さん、膝の調子はどうよ?」
「おかげさまで、なんとか街までは持ちそうですよ」
「順調にいけば、夜には戻れそうですね」
「お腹空いたら言ってね!オヤピン、食べ物いっぱい持ってきたから!」
と言うと、くるりと振り返ってオヤピンは叫んだ。
「みんなー!!行ってくるねーー!!」
地響きのような歓声を一身に受け取るように大きく手を振る。
「おいおい、別れの挨拶はさっき散々しただろー?」
「いいの!これから始まる大いなる旅に備えて、みんなから元気を分けてもらうの!」
「んな大げさな……」
一瞬、僕は群衆の端に立つクワトロと目が合ったような気がした。彼がいてくれたおかげでオヤピンも後顧の憂いを断ち切り、こうして出発出来たのだ。
心強い仲間が増えた喜びと無事に守り通すという責任を重く感じながら、僕はクワトロに向かって一礼をし、歩き出した。




