第17話 真実へ
水鏡キョウスケ。
ディエゴさんに差し出された一枚の紙には何かの数値を表したグラフがプリントされており、隅の小さな欄に『K.Mikagami』とある。その下には『LUCA』の文字。
「何者なんですか、この人は?
なぜ……なんで僕の、記憶や人格を……」
取り乱しそうになる気持ちを必死にこらえながら僕はディエゴさんを睨む。
「私は"奪われた"と言いました。ですから、ルカ君の人格と記憶は厳密に言うとまだ消えたわけではないのです。
しかしあの時、窓に殴りかからなくて本当に良かったですねぇ。もし自動消去プログラムが起動していたら、水鏡キョウスケとして生きていかなければならなかったのですから」
「自動消去?水鏡キョウスケとして?ど、どういう事なんですか!?」
思考が追いつかない。
めまいが襲ってくる寸前のような気分でテーブルに手をつき書類に目を落とす。しかし波のようなグラフと訳のわからない専門用語の数々が視界に入り、気分の悪さに更に拍車をかける。
このまま記憶が戻らなければ水鏡キョウスケとして生きていかなければならないなんて、そんな言い方、まるで……
まるで今の僕が"水鏡キョウスケそのものだ"と言っているようなものじゃないか。
「当時としては珍しい"感知型"のソフトだ。
アイツは、この部屋もしくは『白い部屋』において何らかの"敵意ある攻撃"を感知した時に全データを即刻削除するよう、事前にプログラミングしていたんだよ。だから言ったろ?この部屋の正体を突き止める方が先決だ、ってさ」
サイコさんは傍らに置いたスキットルを揺らして残量を確認し、少しばかりの酒を喉に流し込む。
ふぅ、と一息ついてコンピュータの画面に向き直り、そのまま僕に語りかける。
「ルカ。さっきディエゴが言ったように、どうやらあんたの記憶と人格はアイツに盗まれちまったようなんだ。
まぁ、盗まれたと言うよりはあんたの脳内をそっくりそのまま"コピー"して持ち去られた、って言った方が正しいかな」
コンピュータを操作すると、画面上の二つの脳が重ね合わせられた。
すると、僕の脳と水鏡キョウスケの脳が寸分違わず綺麗に一致してしまった。
さらに、その重ねた脳を上下左右に回転させながら拡大と縮小を繰り返す。
「全体的には全く同じに見えるけど、ところどころ違う点はあるみたいだけどね。
おそらくアイツは、あんたの脳を限りなく正確に複製して自分の脳を書き換えたんだ。そして今度は、逆に自分の脳の一部をあんたに上書きしたってワケ。
ここまでやるなんて、よっぽどあんたの能力を自分のものにしたかったみたいだね」
「自分のものに……?
まさか、僕にあった不老不死の能力全てが水鏡に渡ってしまったという事なんですか?」
「待て待て、結論を急いじゃいけない。
なぜ、不老不死の能力を得るために自分の脳をあんたと同じような仕組みにしなければならなかったのか?
ここで『バイトウィルス』のお出ましってワケだ。
前に、このウィルスは脳に感染するって言ってたのは覚えてるよね?こいつは脳内に感染した後、様々な形に変化するんだ。
通常は、感染者の脳の形、いわば脳の個性によって自分の意図していたものと関係なく、否応無しに能力が決定してしまうものなんだよ」
「感染によって得られる能力の種類は、自分では選べないって事っスか?」
首をかしげながら腕を組むオヤピンがサイコさんに質問する。
「おお、そういう事!あんた、ルカより頭の回転早いんじゃないの?
オヤピンの言った通り、不老不死の可能性があるとはいえバイトウィルスに感染しても自分の望み通りの能力が発現するとは限らないんだ。
例えばアタシみたいな炎を操る能力が発現したとして、温度も精度も威力もアタシと全く同じなんて事にはならない。どこかで必ず誤差は生じる……」
サイコさんは説明を一旦中断し、再びコンピュータを操作し始めた。
思考停止に陥りそうな僕を見たディエゴさんがこちらに近づき、ゆっくりとした口調で解説する。
「人間の脳みそというものは言うまでもなく千差万別、他人と全く同じ構造の脳を持っている人間なんて存在しない。『定義』の能力もそれと同じだと考えれば良いのです。
水鏡という男はルカ君の唯一無二の能力、『不老不死』の力を我が物とするために自分の脳を君と同じように作り替えてしまったのです。
しかし、完全にルカ君の脳をコピーするためには君の記憶と人格をも再現させる必要があった。
そこで水鏡は君の脳内からそれを抜き取り、代わりに自分の人格と記憶の一部を君に埋め込んだのでしょうな。君の存在を脅威と感じたのか、または存在自体を無かった事にしたかったのか、それは定かではありませんがね。
しかしあの二つの脳を見る限り、どうやら"完全"な再現は出来なかったようですねぇ。
ここからは私の推測ですが、水鏡の脳内は君と水鏡の記憶と人格、両方が混ざり合ったような状態になっているはずです。君と同じようにね」
ここはどこで、自分が何者なのかも分からない。
だが"彼"は覚えていた。
フォークとナイフの使い方を。
消火器の使い方を。
日常生活における名称や一般常識の全てを。
"僕"は思い出していた。
コンバットナイフの扱い方を。
『不老不死の定義』、その力の使い方を。
そして湧き上がるような殺意の衝動を。
彼は、ずっと僕の脳内に潜んでいたのだ。人格も、口調も、思考も、全ては水鏡キョウスケのもの。
そして本来の僕は、感受性も無くユーモアのセンスも無い、ただの殺人衝動に囚われた不老不死の化け物だったのだ。
「あ、あああ……」
猛烈な吐き気が襲ってくる。この場から逃げ出したくなる。何も考えたくない。何も見たくない。何も聞きたくない。
五感で感じたもの、頭で考えた事、それが全て『水鏡キョウスケ』という全くの別人のものだったというのだから。
「落ち込んでるとこ悪いけど、記憶も人格もまだ取り戻す手が無くなったワケじゃないんだってば。ホンット、そうやってすぐウジウジするとこアイツにそっくりだわ」
そう言ってサイコさんがこちらへ振り向いたと同時に、何も無かった白い壁にドアの形が浮かび上がって排出音が響く。
「「「!!?」」」
サイコさんを除く全員がその音と光景に目を奪われているうちに、『白い部屋』へと続く道があっという間に繋がった。
サイコさんは膝を叩いて勢いよく立ち上がり、こちらに微笑みかける。
「さぁルカ、里帰りだ。あんたの記憶と人格を取り戻すにはこれしか無い」
そして、こう言った。
「もう一回、あのカプセルに入れ!!」




