第18話 記憶の旅
僕が、再びこのカプセルに入る……。
予想通りと言えば予想通りだったのだが、正直言って出来ればこのような展開にしてもらいたくはなかった。サイコさん、ディエゴさん、オヤピン、そして僕。白いカプセルを囲うように四人で陣取る。
このような異質な場所に設置されていなければ、一見ただの酸素カプセルと見間違うような外見だ(この想像も水鏡の記憶によるものなのか、という思いが脳裏をかすめるが無理やり意識の底に押し込める)。
通常の酸素カプセルと決定的に違う点があるとするなら、床に埋まるように繋がれたチューブと配線達だろう。カプセルに沿った半円型のガラス製のカバーは相変わらず口を閉ざしており、中に敷いてあるシーツは僕が目覚めた時に出来たシワの形を保ったままだ。
サイコさんがカプセルの側面や表面を丁寧に観察する。しばらくすると、カプセルの底部にあった"何か"を発見して顔が曇り始める。
「この形、そして型番……これ、組織で使われていた冷凍カプセルの初期型じゃねーか。こんなもん、どうやって持ち出したんだ?」
「冷凍カプセル?れ、冷凍庫に勇者様は入れられてたんスか!?」
「いいから、ちょっとそこどけ」
目を丸くして驚くオヤピンの疑問に答えぬまま、サイコさんはチューブと配線の繋がれた位置にいるオヤピンを手で払いのける。
「ふーん、床下まで繋がってんな。
初期型の冷凍カプセル、いや、きっと最新型のカプセルでさえ記憶と人格を植え付ける機能なんか付いていないはずだ。となると、このカプセルは……」
サイコさんは腕を組み、何かを思案しながら、ちらりと僕の方を見る。
「ルカ、この床ぶち抜けるか?」
「床って……まさか、この床を壊すんですか!?」
「そう!なんかこの配線の先が気になるんだよね〜。自動消去プログラムはもう解除してあるから、思いっきりやっちゃっていいよ!」
「それにしたって、床を壊せるほどの力なんか出せませんよ!もう立ってるのもやっとの状態なんですから……」
「あちゃ〜、そうだった……」
大凶区の入り口で携帯食を食べ尽くしてから体感で5、6時間は経っている。しかもその間に慣れない『定義』の力を二度も使っているのだ。その上で床を壊せる体力など、残っているはずもない。
サイコさんもそれを思い出したのか拒否する僕を責める事なく、声にもならない声を吐いて天井を仰ぎ、次の手を考え出す。
「ちょいと、サイコさん。これ、ここを見てください。何か妙な物がありますよ」
カバーの内側を覗き込みながらディエゴさんが手招きをしている。その声にいち早く反応したオヤピンがカプセルの胴体に飛び乗って中を覗く。
「なんスか、これ?……なんだか戦隊モノのマスクみたいっスね!」
ディエゴさんに場所を代わってもらい、僕もカバーの内部を覗いてみる。
閉まったままのカバーに目一杯顔を近づけて確認すると、中に入った時にちょうど頭部になる位置、その奥にゴーグル付きのヘルメットのような物体がカプセルと一体化していた。
「マスク?ち、ちょっとよく見せて!」
オヤピンの一言に驚いたサイコさんはようやくその物体の存在に気づいたのか、一足遅れて内部を覗き込む。そして、その奇妙なヘルメットとカプセルのチューブを交互に見てサイコさんは呟く。
「おーおー、好き勝手に改造してくれちゃって。ディエゴ、どうにかしてこのカバー開けられない?」
「残念ながら外側からは開けられない構造になっているようです。あなた、このカプセルの仕組みはご存知無いのですか?」
「あ、そっか!元々は組織にあったカプセルだもんね。だとしたらコンピュータで制御されてるはずだ!ちょっと待ってて!」
「やれやれ……」
サイコさんは足早に隣のコンピュータの部屋へ向かって走り出す。なんとなくその後ろ姿を眺めている時に、僕は気づいた。
窓が無いのだ。
先ほどまで僕達がいた隣の部屋には、確かにこの部屋を見通せる窓が設置されていたはずだ。まさにその窓に向かって僕が殴りかかろうとしていたのだから、見間違いであるはずがない。
おそらくあの窓にはマジックミラーのような仕掛けが施されており、最初に僕がカプセルから目覚めた時、こちらからは窓の存在に気づく事が出来なかったのだろう。
もしかしたら水鏡キョウスケは、記憶を抜き取られて出涸らしとなった僕がカプセルから這い出て歩き出した姿を、あの部屋から眺めていたのだろうか……
確かめようのない想像に思いを巡らせていると、ピッという小さな電子音が響いてカプセルのカバーが開く。同時に隣の部屋で操作を終えたサイコさんが駆け足でカプセルに向かって来る。
「どう?ちゃんと開いた?」
「ええ、そのようです。しかしこの珍妙なゴーグルは何の装置なのですか?」
「これは、一言で言うと"神経回路書き換え装置"だ。アレを装着すると、ゴーグル部分の内側から超微細な人口神経が眼球から脳に侵入する。その人口神経が事前にプログラミングされた通りに被験者の神経回路を改変、再構築するの。
更にヘルメット部分からは、人口神経に連動した電気信号を流す事により他者の記憶を明晰夢のように映像として被験者に認識させ……って、あぁ」
つらつらと説明を続けるサイコさんだったが、まるで言葉の通じない外国人と対峙したような顔をしている僕達を見て口をつぐむ。そして、こう言い換えた。
「……ものすごく簡単に言うぞ。これは"装着した者の脳を、設定した脳の形に作り替えてしまう装置"なんだよ。分かった?」
皆が返事をする間も待たずに、サイコさんはカプセル内部を入念にチェックし始めた。例の装置が正常に作動しているのを確認すると、シーツのシワを伸ばしてそこに手を置いた。
「つまり、あんたはこの中でアイツの脳内情報を刷り込まれ、次第に同化させられていたんだよ。何十年もの間ね」
「つまりのつまり!勇者様がもう一度このマスクをかぶれば、記憶も人格もすっかり元どおりになるって事っスね!!」
両足をぴょんぴょんと跳ねさせながら、オヤピンはサイコさんに詰め寄る。だがサイコさんはオヤピンのおでこを軽く小突いて言い返す。
「時間をかければ、な。ルカの脳内データを書き換えるのに少なくとも四、五十年はかかってる。
でも、それを元どおりにするってなるとまた同じくらい時間がかかっちまうって事なんだよね。
その間に不老不死の力を横取りした人間が大人しく茶でもすすって隠居してると思う?」
「むむぅ……勇者様がカプセルに入ってる間に博士が何かやらかしちゃうかも、って事っスか……」
オヤピンは小突かれたおでこを抑えながらムスッとした表情を浮かべる。
いよいよ話の矛先は僕に向けられ、サイコさんは僕の両肩を掴んでカプセルに引き寄せる。
「あんたにやってもらいたい事は一つ。
これからこの装置を使って、あんたの意識にアイツの記憶とあんたの記憶の"両方"を同時に流し込む。
そもそも、なぜアイツがあんたに成り替わって不老不死の力を得るような事態になったのか、その経緯を知る必要がある」
「記憶を同時に……って、そんな事して大丈夫なんですか?」
「当然、記憶の書き換えを同時に行うのは相当の負担がかかる。でも今はこの手しか無い。危険だと判断したらすぐに装置は切るから。
その間にアイツとあんたの記憶を出来る限り取り戻してきて欲しいの」
ーーおよそ50年前。
僕は水鏡という男によってこのカプセルに入れられ、人格と記憶、そして不老不死の力を持ち去られてしまった。
半世紀もの長い間、僕の脳は常に水鏡の神経回路を流し込まれ、侵食されていった。そしてカプセルから目覚めた時には僕の性格も口調も、もはや外見以外の全てが水鏡に成り果ててしまっていたのだ。
ここで再び僕の脳内を復元する作業を行えば、更に何十年もかかるという。
その間に不老不死の力を手に入れた水鏡がいつまでも潜伏しているはずが無い。
彼は今、
"世界を救う力を手に入れた勇者"
なのだから。
サイコさんは、世界はバイトウィルスに感染した人類で溢れかえり、目を覆いたくなるような凄惨な争いが現在も世界中で巻き起こっている、と言っていた。
もしも、人道を外れた凶暴な感染者達が。
もしも、『定義』の力を軍事力として利用し、今も争い続ける各国の軍隊が。
水鏡という勇者にとって、それらが全て"排除すべきモンスター"に見えているのだとしたら……
サイコさんも、それを危惧しているのだろう。
水鏡が不老不死の力を奪った本当の理由は何なのか。
そしてその力を何に使おうとしていたのか。
当時、どのようにして僕がこのカプセルに入れられたのか。
記憶を取り戻す事が叶わなくなった今、せめて出来る事はそれらの経緯を知る事だけなのだーー
カプセルの中で仰向けになり例の装置をサイコさんに装着してもらっている間、僕はぼんやりとそんな事を考えていた。
「人口神経が入ってくる時、眼球に少し痛みがあると思うけど我慢してね。しばらくしたら明晰夢として二人の記憶が同時に見えてくるから。
ま、イメージ的にはあんたとアイツが出てるテレビ番組を見る感じかな」
「……僕が見る景色は皆には分からないんですよね?」
「残念ながらここの設備じゃ無理だな。だからしっかり覚えて来てね!」
「"記憶を記憶"ですか……難しそうだけど、やってみます」
「よろしくね、勇者様!
一応言っとくけど、短時間の作業とはいえその後のあんたの脳に後遺症が残る可能性が無いわけじゃないから、そこは覚悟しといてね。じゃ、閉めるよ〜」
「え、ちょっ!!?」
最後の最後にあんな事言うなんて、あのマッドサイエンティストめ……!!
サイコさんの足音が遠のき、しばらくするとカバーの閉まる音が聞こえる。装置によって顔と頭を覆われ、何も見えない状態だ。
狭いカプセル内の圧迫感に耐えながらその時を待つ。
「ッッ!!?」
一瞬、身体がビクンと痙攣する。
人口神経が眼球に侵入してきたのだ。
反射的に目を瞑ってしまうが、わずかな隙間から入り込み眼球全体に広がってゆくのを感じる。
あまりの不快感に頭を動かそうとするが、装置にガッチリと固定されていて動かす事が出来ない。汗の滲んだ拳をぎゅっと握りしめ、必死に耐える。
やがて頭部にざわざわとした感覚が走り、意識が朦朧としてくる。
その後は、暗闇の空に吸い込まれるような、底の無い海に沈むような、不思議な感覚が続く。僕の呼吸に合わせて浮いたり沈んだりしているのだろうか。
暗闇の中、急に弾けるような光が瞬いたかと思うと、それらは次第に数を増やして一面に広がってゆく。
視界には白くて細い血管のように光が繋がり、全体に網目のように張り巡らされる。
やがて網目は目まぐるしく何かを形作り始めた。
それは3Dモデルのように次第に立体感を増し、背景と人物が描かれ、肉付け、配色されて、更には匂いや音まで感じられるようになってゆく。
網目の作り出した風景はどこかの研究室のような場所で、見覚えのある紫色のボサボサの髪を生やしたみすぼらしい少年と白衣に身を包んだ痩せ型の男性が、ガラスの壁越しに見つめあっている光景だった。
白髪混じりのパーマがかった髪に黒縁眼鏡、無精髭を生やして薄汚れた白衣とシャツを着込んだ中年男性。
こいつが、水鏡キョウスケ……
水鏡は怒りをこらえるような表情を浮かべながら、小さな声で語り始める。
「……戦闘は激化するばかりだ。
僕の選択は間違っていたのか?こんなにも人類は愚かだったというのか!?」
「種は蒔くべきではなかった。世界中に散らばった種は土壌を侵食し、やがて滅びる」
少年はうずくまった体制のまま、水鏡から視線を外さない。
自分の姿を客観的に眺めるのは奇妙な感覚だが、これは間違いなくカプセルに入れられる前の僕の姿だ。
しかし、まっすぐに水鏡を見つめるその眼から生気は感じられなかった。
「種を蒔かなくても、世界は終わっていたさ。愚かな僕達、人類の手でね。
止められると、思っていたんだ。
君がもたらした奇跡を世界中の人々に分け与えれば、争いは起きないと……」
「これは星の力。星の種。一つの種から根は広がり、成長し、また新たな種を作る。種を絶やせば、根は広がらない」
「種を絶やす?そ、それはどういう……」
「人類を救いたければ、絶やすしかない。種を」
そう言って少年は、自分のこめかみを指差して水鏡に歩み寄る。
「ルカ……
君を……
君を……
殺せというのか……?」




