第15話 『白い部屋』
投稿時間がズレてしまい、申し訳ありません。
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「さぁさぁ勇者様、足元にお気をつけ下さいませ!この建物、あの部屋以外は電気が通ってないから真っ暗なんス」
「その割にはスイスイ進んでいくなぁ……」
「オヤピンの眼には暗闇なんて関係ないんスよ〜」
そう言いながら、オヤピンは意気揚々と暗い通路を行く。彼女の案内の元、僕達はロビーから程近いエレベーターの脇にある階段を下り、様々な研究室が並ぶ通路を『白い部屋』目指してひたすら歩く。壁やドアの存在は認識できるものの、サイコさんの端末から漏れるライトの光が無ければ少し前を歩くオヤピンの姿も闇の中にかき消えてしまうほどの薄暗さだ。
「ディエゴさん、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「ご心配なく、と言いたいところですが……いやぁ私も歳をとったもんですなぁ」
いつまでも手負いのディエゴさんに肩を貸してもらったままでは申し訳ないと思い、蓄積した疲労と空腹感を押し殺して必死にオヤピンの後を自らの足で付いて行く。
しかし彼女の後ろを歩いていると、どうにも気になる事があった。
それは、ちょうど僕の目線の先にある、彼女の二つに結んだおさげ髪だ。
風に揺られてるわけでもないのに、時折ピンと上方向に逆立ったり、せわしなく左右に揺れたりしているのだ。思い返せば、あの"ゲーム"の後、逃走する直前にも似たような動きをしていたような気もする。
ちなみにオヤピンの後ろに僕、さらにその後ろをサイコさんとディエゴさんが着いてくる形で歩いている。通路の暗さに加えて僕の身体が影になっている事もあり、後ろの二人は不自然に動くその髪の動きにまだ気付いていないようだ。
「オヤピン、その髪の毛は一体どうやって動かしているんだ?」
「髪の毛?あぁ、これ"尻尾"っスよ?」
「尻尾!?」
「そっス。オヤピンは犬と猫、両方の性質を持つ能力者なんス。ちなみに右が犬で、左が猫の尻尾っスよ」
オヤピンは笑いながらその"尻尾"を左右に振ってみせる。
「はぁーん、それで暗い所でも目が効くし、おまけにあんな動きが出来てたってワケね」
会話を聞いていたサイコさんはわざとらしく傷をさすりながらほくそ笑む。
4、5メートルはあろうかという高さの物見櫓から飛び降りた時の着地や、サイコさんの攻撃を躱した時の跳躍。そして逃走する際に見せた驚異的な脚力。
銃撃を躱せたのは、おそらくディエゴさんが銃を取り出して引き金を引くまでの些細な音を聞き分けて、回避するべきタイミングを未然に見極める事が出来たおかげだろう。
そして、この傷だ。刃物ではなく、彼女自身の鋭い爪で引き裂かれた傷跡が未だに僕達の身体中に残っている。
となると、やはり彼女は『変質』の能力を持った
"犬猫人間"という事になる。
おさげ髪に見えたそれは、耳の後ろ辺りの結び目から生えた犬と猫の尻尾だったのだ。
「やっぱり可愛くないスか?」
「えっ?」
オヤピンは尻尾をいじりながら、恥ずかしそうにこちらを見てくる。
「だって、こんなところから尻尾が生えちゃってるし、犬や猫のように可愛い耳が付いてるわけでもない。こんな中途半端な獣人なんか、不気味なだけっスよね?」
「うーん……何が可愛いとかは僕にはよく分からないけど、そういうのは外見だけで判断できる事じゃないと思うよ」
「じゃあ、やっぱりオヤピンは可愛くないんスね。みんなに酷い事しちゃったし……」
ちらちらとサイコさんの傷を見ては申し訳なさげに肩をすくめるオヤピンに気づき、サイコさんは僕の前に出る。
「えぇーっと、オヤピンだっけ?
まずはさ、迷惑をかけた人間に素直に謝る事が出来れば、"本当に"可愛い女の子に近づけるんじゃないの?」
「う、うう……ご、ごめんなさい……!!」
オヤピンは顔を真っ赤にして僕達に謝罪する。そしてサイコさんはにっこりと満面の笑みでそれを返した。これでひとまずサイコさんのオヤピンへ溜まっていた怒りは鎮まってくれたようだ。
ディエゴさんはおもむろにサイコさんの肩をポンと叩き、微笑みかける。
「サイコさん。人のふり見て我がふり直せ、ですよ?」
「ふん、アタシは美人だから多少のワガママは許されるの」
研究室の並ぶ通路を抜け、渡り廊下のような広い一本道の突き当たりに差し掛かると、重々しい扉の前にたどり着いた。
扉のそばの壁には『特殊生物実験棟』という文字が書かれた鉄製の表札がはめ込まれている。それを眺めながら、僕は身体中から無意識に湧き出る冷や汗を感じ取っていた。
「サイコさん、この実験棟は?」
「いや、こんな物ができていたなんて、当時は聞いた事も無いな。アタシは途中から海外の研究所を転々としてたから、その間にできた施設なのかもね」
例の実験棟の扉を開けてサイコさんは辺りを見回してみる。しかし、ここは電気の通っていない地下空間。端末のライトだけでは足先から数十センチ程の視界しか確保できず、この施設がどのような造りで何の研究が行われていたかまでは目視では分からない。
やはりサイコさんもそう思ったのか、近くにあったガラス張りの研究室へ足を踏みいれようとした時、後ろからオヤピンの声が響く。
「ちょっと、勝手に変な方向に進むのはダメっすよ!あの部屋はまだ下なんスから、こっちの階段を降りないと」
「大丈夫、大丈夫、ちょっとだけ!ていうか、どうせはぐれたってアタシらの匂いを辿って来ればすぐ見つけられるだろ?」
「そりゃあもちろん!タバコに生ゴミに加齢臭、あんたらが1キロくらい離れたって分かるような強烈な匂いっスからね。だからって好き勝手動かれちゃ……っておい!!」
自慢げに話すオヤピンを置き去りにして、サイコさんは研究室の奥へ進んでいった。
僕はディエゴさんと顔を見合わせてため息をシンクロさせた後、サイコさんの後を追う。
建物の中ほどにある、まるで改装したてのように小綺麗な研究室の内部には、空っぽの奇妙なカプセルが連なっていた。さらに奥の方には、大きな手術台のような物が暗がりにうっすらと見える。サイコさんは室内のデスクや棚を無造作に探索してゆくが、めぼしい物は見つけられない様子だった。
一通り探索し終えたサイコさんは、大きな錠剤を縦にしたような楕円形のカプセルの前に戻り、腕を組む。
「うーん、『特殊生物実験棟』か……あの目ん玉のチビは、徘徊者になりかけてたところを博士に救われたって言ってたよな?」
「ええ、確かに」
「パソコンや資料は処分したのか一切見当たらなかったけど、ここで徘徊者の暴走を食い止める方法を研究していたのは、可能性としてあるな。
徘徊者の暴走を止め、更に自意識を取り戻させるほどの画期的な技術……
これ、世界に発表したら平和賞モンだぞ」
コンコンと、その硬さを確かめるようにカプセルの胴体を叩く。
「ねぇ〜〜、まだぁ〜〜?」
オヤピンは、尻尾のおさげ髪をゆっくり振りつつ頰を膨らませている。犬や猫も、機嫌が悪い時にあのような尻尾の動きをするのだろうか。
「ま、いいか。ここで考えてても何も分かりゃしねぇ。オヤピンちゃん、引き続き案内お願いね!」
「……人に迷惑をかけた時はどうするんだったっけ?」
「え、何が?
言っとくけど、アタシは"可愛い"じゃなくて"美人"だから!早くしてよ、疲れてるんだから」
「むむむむむむむーー!!!!オヤピン、やっぱりこいつ嫌い!!」
「まぁまぁ、えーっと……
お、お供に勝手な行動をさせてすまない。でも、君の主人は僕だろ?頼むから案内を続けてくれないか?」
「む!ま、まぁ勇者様がそう言うなら」
そっぽを向いてしまったオヤピンに僕はすかさずフォローを入れ、先を急ぐ事にした。
研究室を出て一旦入口側の通路へ戻り、脇の階段を二階分ほど降りたところで彼女は足を止める。階段脇の人一人通れそうな小さなスペースの壁をさすり、トントンとボタンを押すような仕草を見せる。すると、なにやら青く光る英文のような文字が壁から浮き出てきた。
かと思うと、何も無かった壁がひとりでに動き、奥へ続く通路が現れた。
「これは……!?」
「さぁさぁ、ここまで来たらもうすぐっスよ!」
驚く僕達をよそに、オヤピンは真っ白な通路をどんどん進んで行く。
厳密に言うと、真っ白ではなかった。天井の蛍光灯が点いている。この狭い通路にしっかり電気が通っている証拠だ。
一直線に伸びた長い通路を進む間、僕達は一つの言葉を発する事なくただ歩き続けた。
やがて通路は突き当たりに差し掛かり、一枚のドアの前に歩みを止める。オヤピンは脇の壁に向かって先ほどと同じような指の動きをすると、プシュッという短い排出音の後にドアがスライドする。
「はぁ〜〜〜〜、疲れた。さぁ到着っスよ、勇者様!」
ドアを抜けた先の空間には、所狭しと計器類が設置されており、書類棚やデスクには大量の資料やファイルが整然と並べられている。室内には空調のわずかな雑音が響くだけだ。
そして、壁に取り付けられたガラス張りの窓の向こうに見える部屋。
その中央に、それはあった。
見覚えのある、真っ白で巨大な、まるで『かまぼこ』のような形の、奇妙なカプセルだ。
身震いがする。
湧き上がる冷や汗を感じながらも、視線をカプセルから外す事が出来なかった。
「ルカ、あれで間違いないか?」
サイコさんも窓の向こうに横たわるそれに目を奪われたまま、呟く。
「はい……間違いありません」
僕はようやく、『白い部屋』へ戻って来た。




