13日目
土曜の朝。
陽が昇る前から空は厚い雲に覆われ、部屋の天井とたいして変わりない高さに思えた。
昨日、田中くんはわたしに、殺してと言ってきた。笑顔で。
彼に似合わない、その言葉はわたしの中にまだ残っている。
「……冗談だよ、もちろん」
わたしが何も言えないでいると、また笑い、こう付け加えた。殺して、と言われた時にどうやって殺せばいいのか、頭の片隅で考えていた事は言えない。もちろん。
その後、すぐに他の生徒が来たこともあり、わたし達は帰る事にした。歩くのも、座って靴を履いて紐を結び直す行為も、去り際に言うさよならの声も、いつもと変わらない彼だった。
彼の中で、自分の死は日常なんだろうか。わたしがそのお願いを聞き入れたら、彼はどういう顔をするのだろうか。今、わたしはどういう顔をしているのだろうか。
暗い部屋の中で、冷たい制服に着替えた。
「高木さん、どうしたの。すごいくまだよ」
教室に着いて第一声。当たり前だ。あんな事を言われてすやすや寝れるわけがない。当の田中くんは相変わらず。いつもと変わらない彼に、なんだか苛立ちすら覚える。あんな事を言ってきた上に、心配までされるなんて。昨日の発言は冗談なのか、彼の渾身のギャグだったのか。悩んでいるわたしが馬鹿みたい。
「……なんでもない」
わたしはそう呟くと、机に突っ伏した。
テキトーに授業を受け流し、窓を見ると雲が少なく感じた。空は軽く、外は朝よりも明るくなる。
今日は早く帰って寝よう、そう思った瞬間、
「今日、うちに来ない」
教室は今日一番の騒ぎようだった。おかげで、彼の声はわたしにだけ届いた。誰も田中くんを見る人はいない。だけど、いい加減にしてほしい。誰のせいでこんな目元になったと思っているの。これもまた、何かの冗談でしょ。なんで友達でもない、しかも男子の家に行かなきゃいけないのか。
「田中くん、何を言ってるの」
わたしは強めの口調で聞き返した。本来なら教室で、他の生徒がいる前でこんなやり取りはしたくなかったけど、今わたしは感情的になっているらしく、きょとんと立っている田中くんを冷たくあしらった。
「話したい、事があるんだ」
なに、なんなの、いったい。告白でもするつもりなの。しかも自分の家で。冗談じゃない。今の田中くんと、今のわたしなら愛の告白でさえも、夢で済ませられる。
「今日は早く帰りたいから、それじゃ」
わたしはいつもより強く椅子を机に押し込み、いつもより早く歩いた。階段の足音が他人の様な気さえした。
学校の門まで来てわたしは校舎を振り返った。まだこの中に彼がいると思うと、少しだけ胸がすうっとした。




