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12日目


「高木さん、あの本は今、ぼくが借りてるよ」



 ホームルームが終わり、教室が人の声と椅子と床が擦れる音で、満たされている時、田中くんはわたしの目を見て、そう言った。



「え、何の本」



 わたしはそう口にしながら、一冊の本を思い浮かべていた。あの『死体』の本を。わたしと田中くんの中で、一瞬でも共有した本と言えばあの本しかない。



 教室にわたし達だけが残り、わたしは田中くんに尋ねた。



「ど、どうして田中くんが、借りたの。そして、なんでわたしにその事を言うの」



「なんの、本かは聞かないんだね」


 田中くんの口角が少し上がった気がした。



「生き物がかりになった高木さんが、なぜあんな本を読んでいたのか。それと、ぼくも現実的な死後に興味があったから、かな」



「現実的な、死後って。どういう意味なの」



 わたしは田中くんの真意が知りたくて、さらに疑問をぶつけた。椅子に座っている彼は、机の上に置いた自分の手の甲を見ながら、話を続けた。



「来世やら霊界やら、そういうのは精神的なものだと思うんだ。実際にあるかどうかは問題じゃない。あると思っていれば救われる人もいるし、地獄があると信じていれば自分を正す事ができるかもしれない。でもそれはあくまで、頭と心の話。肉体はどうあがいても残る。だから死んだ後、自分の身体がどうなるか、そしてどうしたいのかが気になってあの本を読んだんだ」



 ぺらぺらと、迷いのない言葉選びで語る田中くんは、わたしの中の気弱な田中くんとは違っていた。その違いに凄味を感じたわたしは、ただ黙って聞くしかなかった。




「あの本は野生動物の死後だから、そのままぼくら人間に置き換えるのは厳しいよね。家で孤独死しても、蝿やらは集まるかもしれないけど、狐とかが骨をしゃぶってくれるわけじゃないし、身体が畳や布団に還るわけじゃない。ビルから飛び降りたら、勿論アスファルトに血肉を散らせるだけで、最後はパーツを集められて灰にされてしまう」



 なんで田中くんがわたしにこんな事を言っているのか、わたしが聞いたからだけど、でもなぜこんな事が言えるのか。




「そういえば、高木さんはなんで、あの本を読んでたの」



 彼は、視線を手の甲からわたしに切り替えた。わたしもなぜか本当の事を言わないといけない、紙1枚を首元に当てられているようなそんな恐怖と、やっと本当の事を言える相手が目の前にいる事実に少し興奮していた。



「別に言えないなら、言えないでいいよ」



 わたしはチャンスを逃すまいと、落ち着く椅子の場所と、言葉を探しながら説明した。



「……初めて、あういう写真を見たのは、あるブログの写真。所々、身体を蛆達に明け渡していて、なおも生きようとして同じ種の血をすすって生にしがみついていたの。その写真を見て以来、実際にそういうのを見たくなって……しまったの。色んな死体の画像は見たけど、なんか違ってて……」



「だから、高木さんはあの本を手に取ったんだ。高木さんにそういう趣味があったなんて意外だな」



「……誰にも、言わないで欲しい。……マユミにも」



「言わないよ。言う必要もなければ、相手もいないし」




 わたしはほっとしていた。誰かに言われる事じゃなく、わたしの価値観を否定されない事に。田中くんは否定はしてないけど、認めているわけでもない。でも……。






「言わないけど。……高木さんにひとつお願いがあるんだ」




「……お願いって、なに」



 脅迫されているような気がして、わたしはすぐに椅子から立ち上がった。何を求められるのか、わたしに求められるほどの何かがあるのか。寒気と興奮が交互に襲いかかってきている中、田中くんはわたしを見て思いっきり笑った。頭をかいて照れながら。











「ぼくを……殺してください」


 彼は笑顔で、たしかにそう言ってきた。

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