――てない その6
夜は、まだまだ明けません
――休日は明けてから大分経っているにも関わらず。
[――少なくとも、その筈……]
先に視線を外したのは、"摂"氏の方でした。
周囲を見回しながら、
「いま、何時でしょう?」
「知らね」
――が、答え。
這って、文字通り、庭を
<暗中模索>
――二人がそれまで行ってきたのは<飛躍>……
しようとした"摂"氏は
――その時
口の中に何か
<異物>
を感じました
――だから、身体の動きを止めました。
感じた途端
「ガリ」っ
と上と下の歯の間で、擦れ
――割れた感触。
それも、歯
――そのものではなく
――砂の様な
――歯石の様な
――胡麻の様な
――得体のしれない
カス。
そして、"摂"氏は味を感じます
――カス
――その亀裂から
――口の中で広がる
――ミートパイ。
そうです
――"ジュネス・ドレ"が前晩、夜食に勧めてくれたあの<ミートパイ>によく似た味でした
――それもパイ生地の部分の無い
――<ゼリー>だけの
――甘さ
――否、新たに
――苦みが間を縫う様に
――走っています
――そしてその、<触感>。
そして
――連想故か
"摂"氏は気付くのです
――唾液の量が、妙に多い事。
飲み込んでも、飲み込んでも
――ミートパイに似た味が溢れてくるのです。
それも奥からではなく
――口の中で。
"摂"氏の眉根が遜ったのでしょう――
傍で体育座りをする"ジュネス・ルィェ"が、
「どうした?」
と尋ねてきました。
「何でもありません――」
と、ジェスチャー付きで、"摂"氏。
口の中で、ミートパイのジェルの味のする液体が少し溜まってから
――正体を見極めようと
"摂"氏は唾を吐きました
――掌を椀にして、受け止めました。
血でした。
月明かり
――ではなく
"ジュネス邸"<離れ>
――その窓
から漏れる電気の淡い
――が、しっかりした
光によって、色を見極める事が出来たのです。
「どうした?」
そして、"ルィェ"が身体を起こし
――近づこうとしました。
「口の中が切れたみたいです……」
そして、"摂"氏は色づいた掌を
地に
――戦闘によって芝の荒れたその場所に
押し付け
――草にまぎれる様に擦り
――笑いかけました。
そうです
――笑ったのではなく、<笑いかけた>のです。
[それまで、"摂"氏はずっと、<暴力>を軽蔑していました
――理由なく、論理的に。
そして、世間にある
「男は拳で語り合う」
という主張に、眉を顰めていました。
如何なる暴力も
――<接触>すら……
――程度によっては………。
その性格は、変わりませんでした
――死ぬまで。
だから、そんな"摂"氏ならその時、
――笑いかける代わりに……
<男>とは何か
――を定義づけながら、
暴力によって現実に起こりうる弊害
――などを統計学を用いて論じたてて、
"ジュネス・ルィェ"を、責め立てる事が出来たでしょう
――しかし、"摂"氏は、そんな事をしませんでした。
[["摂"氏は、過去に言っていました――
「どうも、<暴力>には、種類がある様です」
――その具体的分析と研究は、<暴力学者>の登場を待って下さい……
――"摂"氏は、<それ>ではなかったので………]]]
勿論、そんな"摂"氏に<笑いかけられた>"ルィェ"が何を返したかは、誰にでも予想がつくことです
――そしてそれは正解の筈です。
答えは――
○○○
です
――それは擬態語です。
暫くしてから、
二人は共同作業を止め
――間合いを取ったまま
――立ち上がると、
月が、空に、見えました。
「では手術を開始する」
<<何故?>>と"摂"氏は思いますが、どうする事も出来ません。
すぐに
「麻酔をしておこうな……」
と言われても、やはりどうする事も出来ません。が、<<死んだのに麻酔も糞もないだろう>>とだけ、"摂"氏は思う事が出来ました。そして、思う事は何の役にも立ちません。
引きちぎる音がします。身体に揺れが伝わる気がします。
気がします。
見えません。
痛みはありません。
ちぎりが続きます。
引きちぎる度に、千切った物を<何か>に乗せる音がします。肉屋で(グラムで)霜降り肉を買う時、はかりに乗せた時に発生する、あの「うにゃ」の類の、粘りついた音です。
止みました。
続いて、「トントントントン」と包丁が、まな板を叩く音がします。
そして、ビニール袋を丸めた時の「シワシワ」な音がやって来るのです。
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